「……──」
聖くんが近づいて来る。
「! 来ないでください!」
あたしが
後退っても、聖くんは止まることなく
間合いを
詰めて。そしてあたしの右手をその大きな左手で
掴むとしゃがんだ。
「
離してください……!」
俯きながら聖くんの手をほどこうとするものの、離してはくれなくて。
「俺が
恐い? 人間だから
信じられない?」
「どうして助けたんですか……。……人間が
魔界に来られるわけないんです……だから、きよさんは魔界の人だって……思ってたのに……」
「……なら、俺が魔族になれば
恐くない?」
「聖! おまえ!」
レイちゃんの声が
間を置かずに
響く。あたしは聖くんのその言葉に、
俯きながら目を
見開いた。
「そんなこと、できません……
魔法だって、なんでもできるわけじゃないんです」
あたしは自分の
種族を変える魔法なんて聞いたこともなかった。そんな魔法があるとしても、そう
簡単に使えるなんて思えなかったんだ。
「──魔法にできなくても、
異能ならできる」
「いのう……?」
「世界にあるのは魔法だけじゃない。
紫桔舞の使う『
霊力』。俺とレイの使う『
異能』。色んな力が
溢れてる」
当時の幼いあたしは、その言葉を信じることができない。
「顔上げて。俺はもう、人間じゃないから」
あたしは聖くんの言葉に
恐る恐る顔を上げた。
「! その
羽……」
見覚えのある黒い
闇の
翼が、聖くんの後ろに見える。そして、あたしの右手を持った聖くんの左手から、
具現化した黒い闇が
伸びる。その闇はあたしの
腰に
巻かれ、聖くんの方に引き
寄せる。
(!!)
聖くんがあたしを
優しく
抱きしめて。
「
大丈夫。
誰にもあんたを
傷つけさせないから。あんたを
護るから。──だから俺を信じて」
元々魔族だったのか、
今人間から魔族になったのか、
幼かったあたしには分からない。それでも、その
見慣れた魔族
特有の闇の力を見て、安心する。そして聖くんの言葉に、あたしは口にするんだ。
「ウソじゃないんですか……
全部……話してくれたこと全部……」
「ウソじゃない。全部、全部。俺の本心だから」
「信じていいんですか……?」
聖くんがあたしを
離す。そして
頷いた。
「俺を信じて」
その言葉は優しい
響きだった。
「もう、
裏切られたくないです。だから、ウソはつかないでください」
聖くんはその言葉に頷く。
「
必ず、何があってもあんたの
味方だから」
「
絶対ですよ?」
「当たり前」
そして、幼いあたしは聖くんの言葉に、信じます。と口にした。
◇◇◇
聖の言葉にアメリアは信じると口にした。おれは
驚いた。聖の行動に。
その
神の力で
記憶でも改ざんするんじゃないかって思ったからだ。
(どっちにしろ、あの人との約束は
破ってるけど)
おれはそう思いながら、
紫桔舞と
共に聖とアメリアを何も言わずに見守っていた。
聖が闇の翼と左手から伸びてる具現化した闇を引っ
込める。そして立ち上がると
紫桔舞をふり返って口を
開く。
「
任務終わったしもういいよね」
「……
捕獲でも
討伐でもなく
追い
返した
理由は?」
「思い知らせるため」
「
災害に
見舞われるって言うのは魔族の国のことでいいのね」
「俺たちを追えば災害に見舞われるって言っておいたけど信じなかったから」
紫桔舞の言葉に答える聖に、おれは
反応する。
「おまえの力とおまえのことをしらなければそうなるわ」
「だから思い知らせるんだけど。──もういい? 用ないなら行くけど」
「行っていいわ」
聖の言葉にお
嬢様言葉のイントネーションで答える
紫桔舞。聖がアメリアを見て、行くよ。と声をかける。
聖がドアを
押す。アメリアが先に出ると、聖も
紫桔舞の
執務室から出て行く。部屋にはおれと
紫桔舞、2人だけになった。
紫桔舞は
作業机の
側に移動して自分の
椅子に
腰かける。おれは
紫桔舞に
問いを
投げた。
「
罪人っていわれてたな。アメリア何かしたわけ」
紫桔舞は間をおいてから静かに語る。
「……光と
闇は
相容れない。それは
今でも変わらないってこと」
その言葉におれは
理解する。あの人を
想って
眉をひそめた。
「
宿命──か。
望んだことでも、
辛いな。あの人は、どこまで
尊い人なんだろ」
「それが
香花でしょ」
──しってるさ。と、おれは
紫桔舞の言葉に口にする。
「だから──おれらは
香花さんを
独りにしないって
誓ったんだ。──そうだろ?」
紫桔舞は──そうね。と
作業机の上の
書類に目を通しながら静かに
肯定した。おれは少し間をおくと続ける。
「──
紫桔舞。聖とアメリアについてどう思う? あのままほっといていいと思うか?」
「……今は
大丈夫だと思うけど。……気がかりなら
様子を見ればいいんじゃない?」
紫桔舞はいつも通り静かに答える。
「……、聖の
監視、
任務にできるわけ?」
「
人手があればね」
「
戦争でも起きなきゃ人手なんてなくなんねぇだろ。おれらが
派遣されるほどの任務なんてそうそうねぇんだし」
「本当に起きないといいけど」
「……どういう意味?」
いいえ。なんでもないわ。と、おれのなんとかだわ。とは違う、お
嬢様言葉のイントネーションで
紫桔舞は答える。
おれはその
様子に、──
気負うなよ。と口にした。
「おれらは
仲間だろ?」
解ってるわ。と答えた
紫桔舞のそのイントネーションを聞いて、おれは部屋を
後にした。
1人城の
屋上へ行く。
高い高い
階段を上って。
辿り着くと、おれの立つ屋上じゃない場所に
人影があって。
それは、
悠次から
逃げていた
柚葉だった。