第4話

文字数 1,328文字

4、クリスマス

十二月に入りクリスマスが近づき夕方のニュースでもイルミネーション特集が放送されていた。
「僕、ここ行きたい!」
和樹が声を上げてテレビを指さしている。普段はあまり自己主張をしない子だったがこの時は違った。
「ママも行きたいって言ってたよね。キラキラ綺麗なの見たいって。」
はしゃぎながら和樹が妻に駆け寄る。
妻は最近一日中、暗くふさぎ込むことも多かった。きっと、この子なりに母親に元気になってもらいたいのだろう。
外出のいい機会だと思い、すかさず僕も賛成する。
「いいね。パパも行きたいな。次の休みの日に行こうか。」
和樹がニコニコしながら妻の顔を見つめている。
妻は一瞬、困った顔をしたが少しの沈黙の後にコクリと頷いた。

 土曜日、時刻は午後五時四十五分。
電車で一時間かけテレビでやっていたイルミネーションの公園に到着する。
公園入口のトンネルは青い電飾で装飾され夜の街を鮮やかに彩る。まるで宝石のブルートパーズを散りばめたかのようでテレビで見るよりもはるかに美しい。
トンネルをくぐると目の前には虹色に彩られた光の絨毯が広がっていた。
「ママ、きれいだねぇ。あっち行こうよ。」
和樹が妻の手を引き走り出す。
走った先には噴水によるウォータースクリーンが作られ、そこにプロジェクションマッピングでサンタやトナカイ・クリスマスの飾りなどが映し出されて音楽に合わせて軽やかに踊っていた。
僕はスマホを取り出し二人が目をまんまるにして見入っている姿を写真に納めた。そういえば写真を撮るのもいつぶりだろう。
三人で出かけたのも妻の病気の告知を受けてから初めてだったかもしれない。こんなに楽しそうにはしゃぐ和樹も嬉しそうに笑う妻の顔も久々に見た気がする。笑顔でいられる日常を守ると決めたはずなのに、自分は二人に何も出来ていなかったんだなと思うと少し情けなくなった。
「パパ、早くこっち!」
妻が笑顔でこちらに手を振る。
今日は思い切り楽しもう。そして、たくさん写真を撮ろう。
もし、いつか今日の妻の記憶が消えてしまっても楽しかった思い出をここに残せるように。
 噴水広場を抜けると奥からゴスペルによるクリスマスソングが聞こえてきた。
歌声のする方へ歩いていくと大きなクリスマスツリーが立っていた。ツリーのてっぺんには金色の大きな星が飾られており枝にはシャンパンゴールドの電飾が施され、とても大きくひときわ幻想的に見える。
三人でツリーの前に立っていると「星に願いを」の曲がゴスペルの歌に乗って流れてくる。
「またみんなで来たいな。」
和樹がそう呟く。
「また来年も来ようね。絶対に。」
妻もそう答える。
「絶対に。」
クリスマスツリーのてっぺんの星が僕らの願いを叶えてくれる気がした。

帰り道、はしゃぎ疲れて眠ってしまった和樹を妻がおんぶする。
「重たいだろう。僕が代わるよ。」
「大丈夫。和樹、また大きくなった。私はちゃんとこの子の成長を覚えておきたいの。」
そう言うと妻は嬉しそうに赤鼻のトナカイを歌いながら歩いた。

和樹はとても楽しかったらしく、最近はこの日のことばかり何枚も絵にかいている。まるでこの日のことを忘れまいとするかのように、何枚も何枚も絵に残していた。
 これが家族三人で行った最後のお出掛けになった。


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