第1話

文字数 1,319文字

「部長の娘さん、第一志望の大学に受かったそうですね。おめでとうございます」
 ビールを掲げ、愛想を振りまく。
『ああ。なんとかな。でもよ、あいつ、突然一人暮らしがしたいだなんて言いだしてさ。名古屋なら新幹線通学できるからっていって、親の反対を押し切って受験したんだぞ? なのに、いざ受かったら……きっと最初からそのつもりだったんだ。きっと悪い男に唆されて……。イケメンでも、瀬戸君みたいにしっかり仕事のできるやつなら、まだ許せるんだがなあ。くそお、俺の娘を返せ』
 あー、しまった。完全に地雷踏んだわ。
 でもまあ、娘が大事なのはわかるけど、そろそろ子離れしないとだろ。
 だいたいさあ、自分だって、誰かが大切に育てた娘を奪った身だろ?
 ……なんて言えれば苦労しないんだけどな。

「どうした? 珍しく落ち込んでるな」
 そう言ってから、甘いカクテルをひとくち口に含む。
『せんぱぁ~い。聞いてくださいよぉ。あたしの彼氏、消防士なんですけどぉ、なんかすごいモテるらしくってぇ。でも、『ミクのことしか見えてないから』なんて見え透いたウソを言うんですよぉ。あたしの彼氏と同じくらいイケメンでモテる瀬戸先輩なら、彼氏の気持ちもわかりますよね? ねえ、本当のところ、あたしの彼氏って、あたしのこと、どう思ってるんだと思いますぅ?』
 はいはい。グチと見せかけてのノロケ話ね。
 もうお腹いっぱい。ごちそうさま。

「久しぶりだなあ。最近どう?」
 辛口の日本酒に、思わず顔が歪む。
『なあ瀬戸、どうやったら彼女ってできるんだ!? そうだ、合コン。合コンしようぜ。な? イケメンのおまえなら、カワイイ知り合い、いっぱいいるんだろ? なあ、頼むからカワイイ子いっぱい連れてきてくれよ~』
 そんなことができるなら、俺だって五年も一人でいない。
 ちょっといいなと思った子にでさえ、『瀬戸くんって、モテそうだよね』って言われて。
 それで終わり。
 彼女って、どうやったらできるんだよ。
 俺が教えてほしいわ。

「あー……もういっそ作家にでもなるか?」
 一人家飲みしすぎて、勝手に脳内妄想がはかどるはかどる。
 せっかくならもっと楽しい会話で飲みたいのに、結局現実世界だけでなく、妄想の世界ですら俺は愚痴聞き係だ。
 だったらいっそのこと……。
「そろそろ誰か誘ってみるか」
 飲み会に行ったって、周囲に気を遣いまくってストレス溜めて、挙句の果てには「瀬戸くんはカッコいいから」と男女問わずため息を吐かれて。
 あんなに会社の飲み会も大学の同期会も煩わしいだけのものだと思っていたのにな。
 結局、人は一人じゃ生きられないってことなのか。
 最近、LIMEしか開いてなかったから、逆に新鮮だな。
 久しぶりに電話帳アプリを開いて順番に名前を追っていく。
 こんなときに呼べるのは、結局アイツしかいない、か。
 幾度目かの呼び出し音のあと、『びっくりした。急にどうしたの?』と若干戸惑いを含んだ声が耳元で響く。
「おお、久しぶり。なあ、今度の週末だけどさ、飲みに行かね?」
 アイツの中の俺は、きっと山ん中駆け回って傷だらけのサルみたいな俺のままなんだろうな。
 それでいい。
 久々に、くすりと心からの笑みが漏れた。

(了)

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