森での出会い

文字数 3,136文字

「人間って、そこにいるコイツの事じゃないのかい」
 暗闇の中から聞こえる、同胞と呼ばれる若し狼の声。
 目の前には、鼻の潰れたリーダーらしき狼。
 そして、後ろからやって来る黒い男達。彼らがエルゼに何をしようかなど、知る由もなかったが、この体を見る限り、多分、この体にしたのはあの男達だろう。
 それだけでは、はっきりしていた。
「おい、ホントなのか?」
 目の前から、そう声を掛けられる。
 だが、それには返事が出来ない。もし、そこではいと答えれば、きっと殺されるだろう。だが、いいえ、と答えてもばれた時点で、殺されるのはいなめない。
 ただ、俯いて、耐えるだけだった。
「そうだ、確かに人間の匂いがするぞ」「人間の匂いだ」「どんどんするぞ!」
 森の中から、そう声が聞こえる。
「違う。俺は……狼だ。に、人間の匂いがするのは、逃げてるからだ」
「逃げてる?人間からか?」
「そうだ」
 嘘はついていない。
 少なくとも、人間から逃げているのは事実だ。この状況を利用しろ。
「そうか、しばらく人間に捕まっていた同胞か」
「体のあちこちに、ひどい事もされた」
 せめて、これで信じてくれ。
「た、助けてくれ」
 しばらく、いや、たったの数秒のことが、数分のように感じられた。
 駄目か、そう感じた矢先、やはりと言うべきか、一つの反論が飛び交く。
「ダメだ。飼われていたという事実も否定できない」
 そうだよな。と立ちろいでしまう。
 だが、しかしこのままでは捕まってしまう。この体にされてしまったのだ。捕まってしまえば、どのような事がされてしまうのか目に見える。
 と、歯を食いしばろうとしていた時、
「どこに行きやがった!クソ!このままではせっかくの最初の!」
「お前は黙っていろ!」
 遠く……いや近くからあの声が聞こえてくる。
 人間だったから人間の声には慣れているはずだが、狼になってからか、違和感のある声に聞こえてくる。。
「来やがった!」
 ナイスタイミング、アンド、バッドタイミング。
 確かに証明するためには、奴らが不可欠だが、この状況だと、見つかったら捕獲もあり得なくもない。
 しかし、これなら信じてくれなくもないだろう。
 そう思うや、エルゼは吠えるように語りかける。
「この匂いは、奴らの匂いだ!頼む!助けてくれ!」
 辺りには、黒い男たちの走ってくる音以外に、「どうする」といった混沌とした空気も混じっていた。
 それも、長くは続かなかった。
 後ろから、男たちが現れた。男たちは、黒い服を身に纏い。闇の中で一目見ても気付かないような。そんな真っ黒な服を着ていた。
「あ?被験体が2体……どっちだ?」
 二人の黒い服の男たちは、エルゼともう一匹の狼を見る。
「どっちでもいいだろ。殺さないように生け捕りでもしとけ」
「あ?俺に命令してんじゃねーよ」
 何か仲間割れを始めたらしい。
 だが、こちらの問題は終わってはいない。
 エルゼは、懇願するように頼み込む。
「頼む!助けてくれ!」
「……分かった、こちらに来るがよい」
 理解したのか、それとも今の状況じゃ仕方ないと思ったのか、リーダーらしき狼は後ろに向くと、ついて来るよう指図する。
「お前達は、人間の相手をしろ」
「了解」
 リーダーの声に周りの狼は、一斉に返事する。
 ふと、男たちはエルゼの姿が無くなった事に気が付くと、辺りを探し始める。
 が、それも束の間。彼らがまた周りに目をやった頃には、十数匹の狼に囲まれていた。
 これでは、もはや狩る方は、明らかだろう。
 一方、二人の狼の方。
「あの、助けてくれて、ありがとうな」
「目上には、もう少し言い方を慎んでみたらどうだ」
「あぁ、じゃなくて。わ、分かりました」
「それでいい」
 しばらく、走りながら2匹は語り合う。狼の常識など知った事ではないが、さすがに長居も出来ないだろう。何時かばれる。
 だが、逃げる手当もない以上。手も足も出ない。
 遠くから、先程の男たちの叫び声も聞こえる。
 食われてしまったのだろうか。
「殺してしまったのか?」
「私たちは、他の同胞と同じような愚かな真似はしない」
「でも、狼だろう?目の前にある肉を喰ったりなんてしないのか?」
 息を荒くしながら、そう生意気に答えてしまう。
 それが、癇に障ったのか、突然走るのを止める。
「お前が、私たちにどのようなイメージを持とうが関係はない」
 ふと、足を止めた場所から、数メートル先にて別の人物が一人。
 敵か?奴らの仲間か?
「行け」
「え?」
 ふと、行け、と言われたような気がした。
 リーダーは凛とした顔で、向こうにいる人物の方を見る。どうやら、知り合いのような顔である。向こうも、それらしく。顔は見えないがこっちに気が付くと、歩いて来る。
 一応、警戒態勢はしておこう。
 だが、その必要はなかった。
「ごっしゅじんさまー!」
 え?ご主人様?え?!
 一瞬、目の前で何かが飛んで行ったような気がしたと、思った瞬間、そんな声が聞こえた。その正体はすぐに分かったが、理解が追い付かなかった。
 突然のことで、頭が回らない。
 ただ、この事だけは言える。あの狼、駄目狼だったと。
「おー、何時会っても元気だなー。何言ってるか分かんねーけど」
 この訳も分からない男に、まるで飼われているかのような、服従の態度を取っている。どうやら、俺にはこれを見せたかったらしいな、とさえ思ってしまう。
 リーダーも、すぐに我に返り。恥ずかしそうにこちらを見る。言いたい事は分かるが、ここは敢えて言ってやろう。
「面白い物を見せてもらいました。ありがとうございます」
 目上の人には礼儀を。そして、何かあったらちゃんとした感想を。これこそが目上に対する言葉の慎み方だろう。
「違う!私は、それを言いたかったわけじゃない!」
 あれ?そう言ってる割には、何か嬉しそうだが……まぁいいや。
「ところで、この人の言葉を話せる狼は何だ?」
 ふと、よく分からない言葉が耳を突く。人の言葉を話せる狼?そんな言葉が聞こえたような。いや、まさかと、エルゼは首を振る。
 目の前には人間。に対して自分とそこの顔を赤らめている狼。
 理解できる訳がない。そもそも言語が違う。狼が意思疎通ができたところで、人間と狼では発生できる言葉が違う。
「すまんな。今晩は用事があってな……だけど、こいつも気になるな」
 ふと、そう言うと人間はエルゼの方に歩み寄り、その胴体を屈みこませる。
 そして、彼の狼の口を無理やりこじ開けると、
「やっぱ、暗くて何も見えやしないな」
 と言って、口を閉じる。
「イッテ―な。何しやがる!」
 やっぱりと、男は興味有り気な顔つきなる。嫌な予感はしたが、あの二人とはまた違った感じだ。多分、雰囲気の違うだろう。
 リーダーの方に顔を向ける。
「こいつについて行け」
「ご主人様にか?」
「違う!」
 笑ってしまうのはよしとして、この人間について行くというのは、やぶさかではないのだが、他の狼たちが心配である。
 自分のせいで、身の危険にさらされるのではないか。
「おい、俺の言葉が分かるのなら、ワンと言ってクルリと回れ」
 男は、言われるままワン、と仕方なく鳴いて、回った。
 その様子は、予想以上にひょうきんで内心、笑い転げている自分がいた。
 男は、人通りを終えると、後ろ頭を掻き、こちらを見下ろす。ほら、次は何をやらすんだ?と言う目だった。
 と、そこで気が付く。
 あ、俺、人の言葉、話せるんだ。話せるんだ!
「やべーーーーーーーーーーー!!」
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登場人物紹介

フィルネ (男・18歳)
若し祓魔師。幼い頃は孤児院に住んでいた。
今は悪魔と対峙する毎夜を繰り返している。

エルゼ (オス・?歳)
中身は人間であるが、気が付けば狼の姿であった。
本人に言わせてみれば、前より断然いい。
文句を言わせれば、追っ手さえなければ良いのだが?

ディルス (男・19歳)
フィルネと同期であるが、一つ年上。
とてもいい奴。いい奴なんだが、何を考えているのかフィルネ自身分からなくなる時がある。
怖いものは、幽霊と夜中の一人のトイレ

アンナ (女・14歳)
 何処かの地方の言葉を、優々に語る。
 正直フィル自身、たまにディルス同様何を言っているのか分からない事がある。

アミ― (女・?歳)
ソロモン72柱の一人悪魔アミー。
とある少年との契約未達成のせいで、人間の女性のままでいる。
その少年を探している。

???? (男・?歳)
男と少女に怪物を襲わせた本人。
黒いマントを着ており、基本はフードを被っている。
マントの裏には、小瓶を多数に抱えている。

ナキ (女・10歳)
男↑に連れ去られた少女。
元、貧民街の少女。
誤解が誤解を呼び、今では、男↑の姪という事になっている。

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