第2話 一人旅行とか一人短歌とか

文字数 1,518文字

 
 一人旅の最中なのだ。
 鹿威しと踏切の遮断機の角度が一致したタイミングで覚悟を決めた。立ちはだかる針山を横目に、隣にあった細い道を通って事なきを得た。
 
 ここで、前回までのあらすじを念のため語る。いや語るに足りない。内容に乏しいから前回の流れを知らなくてもあまり支障はなさそう。
 
 地獄にあると言われている針山を通りすぎると、喧嘩をしている二人の男と遭遇した。一人は柄のシャツを着ているが、もう一人は上半身に何も身に付けていなかった。まるでトップスは着ない方が強く見えると思っているみたいだ。
 私は針山でのタイムロスを気にしていた。山の前で逡巡した時間が思っていたよりも長かったのだ。此処で時間を無駄にはできない。この旅に時間制限なんてないけど、人生という時間制限はある。私は最短ルートである二人の男の間を突っ切ることに決めた。
 ここで想定外のことが起きた。上半身のみ一糸纏わぬ男が二人になったのだ。混乱で頭がズキズキと痛みだした。痛いのは嫌だ、痒いのよりもだ。これは、柄シャツの男がシャツを脱いだのか、それとも上裸の男が分身したのか、はたまた別の上裸が参戦したのか。
 思考がグルグルと回り、無意味なところに行ったり来たりしていると、一つの恐ろしいことを思いついてしまった。私はもうなりふり構っていられなかった。ダッシュで二人の間を通り過ぎた。二人の男は何か言葉にならない言葉を叫んでいたが、危害は加えてこなかった。
 もし、二人の男がしていたのが喧嘩ではなく、服を脱ぎ合うゲームだったら。そこは女子禁制のはずだ。
 
 私は息を整えて、前方の道を歩き始めた。前述したがこの旅に目的地はない。泊まる場所も決めていなければ、観光する場所も未定だ。すべて行き当たりばったりだ。少し立ち止まって欲しいのだが、この旅に目的地がないことは前述していなかった。今現在地点では前述したことになるが、先の時点では前述していないって意味ね。現在地点とか言うと、旅の現在地と混同した人もいるかもしれない。全ての皆さまに謝罪します。
 さて謝罪も済んだ。上から飛んでくる盗賊もいない。ならばやることは一つだろう。ケーキを作ろう。それもうんと美味しいのをだ。「家でやれ」と言われるかもしれない。そう言う人は、私と仲良くないんだから、「おうちでやったら」って言った方がいいと思う。本当は優しいのにもったいないと思う。でも優しい君をそこまで追い込んだ何かがあるなら、それが何かは聞かないけれど、共感して悲しくなれそう。
 泡立て器以外全部家に忘れていた。仕方ない、ここで歌詠みになろう。

 無い泡を 立てる縁も ないのなら 奪い去ればいい 私もろとも

 悲しくても泣かない。これが今回の旅のルールだ。泡立て器をしまい、来た道を引き返すつもりだった。私は泡立て器にクリームがついていることに気付いた。あまりにも小さなクリームだったから、洗い残しだと思ったがどうやら違うようだ。そもそもクリームではなかった。それは雪。空からは土砂降りの雪。どうやら、私が旅をしている途中で秋から冬に変わっていたらしい。一気に泡立て器は雪まみれになってしまった。持ち手まで雪に覆われちゃ世話ないよ。
「雪の泡を立てていいってことですね」
 私は目に見えない誰かに許可を取った。周りに人がいないことを確認してから、泡立て器をぶん回した。私は泡だったんだ。ここでまた歌を詠もうとして止めた。感情を規定することにビビったんじゃない。いい歌が思い付かなかっただけだ。
 空を見上げると、雪の光が反射して眩しかった。雪を掴みながら思う。
 雪を見たいなら空を見上げて待つのではなく、雪が降る地域に行けば良かったんだ。
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