第1話 一人旅行とか一人思考とか

文字数 1,791文字

 引き出しを開ける時は毎回、そこに異空間が広がっていることを期待し、そうでなくても二重底になっていて、その下にノートが入っていれば、なんて思う。
 その先を見てはいない。ただ特別を夢見ているのだ。
 
 宇宙人の来日。
 丸みを帯びた折れ線グラフ。
 マンモスとの戦闘。
 棒高跳びのバーを棒無しで跳び超える。
 
 やりたいけどできないことがたくさんあったから山ができたし、やりたくてできたことがあったから谷ができた。山あり谷ありって事実の羅列?
 何か、いつもと違う奇跡と出会いたくて、一人旅行を決行した。
 住宅街を抜けて少し歩くと林が見えてきた。森ではなく林。ジャングルではなく林。
 そうきたか。
 木登りができる年齢ではないことが口惜しかった。こうやって年齢を言い訳にはしたくなかったのに。だけど、元々持ってきた着替えには限りがあるので、いたずらに汚れるわけにはいかなかったことを代わりの言い訳にできた。
 木に囲まれていたので、囲碁だったら私は盤上から退場するとこだった。でも、元々木があったところに私が入ってきたから、退場にはならないか? 囲碁のルールを正確には把握していないのにこんな話をして、協会に怒られてしまえ私。
 木を見て森を見ない時に林は見てるのか。正解は多分見てない。正解を言った後でなんだけど、それぞれの答えが正解だし、他の人と自分の考えをシェアしても面白いかもね。
 
 林を抜けると、針山がそびえ立っていた。裁縫道具の方ではない。山の本体は目測三メートル。その上に無数の針が並んでおり、全体では四メートルもの高さがあった。足がすくんでしまう。せめて棒高跳び用の棒があれば。私の日頃の行いが悪いからか願いは叶わなかった。
 赤い帽子や緑の帽子がトレードマークの男の子は針を踏むと一機失うが、私は一機しかないから無茶はできない。違うな。嘘をついてしまった。あああ、日頃の行いがどんどん悪くなる。
 私は二機あってもこの針山に挑戦しない。
 三機あっても、四機あっても、五機あっても。しつこくない?
 こんな私は臆病でしょうか。ここで一つ歌でも詠おう。

 勇敢な あの子の背中 見えにくっ 針山越しに 気づく恋心

 近々、連歌が流行るらしいと聞いたが誤情報だろうか。誤情報と出てきたついでに、話したいのだが、最近、誤謬という言葉を覚えた。誤謬という言葉を言うと、ビューが風みたいで心地よい。けのびした時の感覚と似ている。それなら、レビューとかデビューとかではダメですか、という質問が真面目に話を聴いている人から放り投げられそうだ。
 いい質問だ。という気はない。これは感覚の話だから、この質問をしている人に、答えを提示しても理解が得られないと思うのだ。そうやってどうせ誰にも分かってもらえないって諦めるんですか、という詰問が昔何かあった人から放り投げられそうだ。
 ごめんなさい。説明する。
 レビューもデビューも最初からカタカナだから、「ビュー」が後に来る心構えができているのだ。正確に語るとカタカナで構成された単語の途中で「―」がいつ来ても驚きがないのだ。
 一方で一般的に誤謬は、「ごびゅう」ではあるが、発話時の認識は「ごびゅー」だろう。また、私の認識は「誤ビュー」なのだ。ここがよく分からない人は、先に言ったように以降の説明も理解してもらえないと思われるので、次の段落まで飛んでもらいたい。
 とか言いながら早速改行してしまったよ。今度こそ次の段落に行けば煩わしい説明は終わっている。説明に戻る。「誤」という文字は明らかに漢字なのだ。「川」は漢字だが、漢字の濃度としては薄い印象を受ける。「外」は「川」よりは濃いが「誤」よりは薄い。とにかく、漢字の濃度が濃い「誤」の後にカタカナの濃度が濃い「ビュー」が来るなんて想定ができているわけないのだ。私は自分で発言しておきながら不意打ちを食らったような気になる。不意打ちと表現したから勘違いさせてしまうかもしれない。棚からぼたもちの方が近い。合わせる前から合うと確信できる食材の組み合わせよりも、一見合わなそうな二つの食材の組み合わせの方が美味しかった時の感動が大きいように、「誤」の後ろに「ビュー」が続く世界に生きていることに心が躍る。ここまで辛抱強く読んでくれた人は、「仮病」が「誤謬」ほどの感動を与えない理由を説明できるだろう。
 次回に初めて続く。

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