文字数 754文字

その日会社ではちょっとした騒ぎがあった。
総務部の新人のKさんが、大切な契約書を食べてしまったのだ。
Kさんはこっぴどく叱られたが、大変反省した様子だったので、その日はそれですんだ。

ところが次の日も、Kさんはまた大切な書類を食べてしまった。
本人にも止められないらしく、うろたえてわあわあ泣くので、周りはそれ以上責められなかった。
次の日も、そのまた次の日も、Kさんは書類を食べた。
しかもどんどん食べる量が増えていった。

一ヶ月もすると、会社の書類は全て無くなってしまった。
するとKさんは、今度は備品や机や椅子を食べ始めたのだ。
もはや会社はめちゃくちゃで、とても仕事にならなかった。

Kさんは、部屋の中の物を全て食べ尽くすと、ついに部長を食べてしまった。
社内はパニックになり、逃げ出す者もいたが、大半はKさんに捕まって食べられてしまったという。
ぼくは運良く出張に出ていたため、食べられずにすんだ。

翌日会社に行くと、がらんとした部屋の中に、巨大な、美しい虹色の繭があった。
ぼくはその繭を部屋に持ち帰り、大きな鍋を買ってきて茹でた。
それから糸車を買ってきて、茹でた繭から糸をつむいだ。

繭の中からは案の定、Kさんが出てきた。すっかり茹で上がって絶命していた。
社内の物や人を食べ尽くしたKさんはまるまると太っており、つい先日入社してきた初々しい新入社員の面影はまるで無かった。

しかし糸の方は素晴らしく美しく、虹色に輝いていた。
ぼくは知り合いの機織り職人に頼んで、その糸を一枚の大きな絹に織り上げてもらった。

ああ。その絹の美しさをどう表現したら良いのだろう。
光の加減や見る角度によって様々に表情を変え、まるで生きているかのように捕らえきれない魅力がある。どれほど眺めても飽きないほどであった。
その絹は、まさに夢のように美しかった。










ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み