第4話 つゆだく牛丼とトムクルーズなパパ

文字数 1,172文字

「・・・・・・・・・」

音をたてないように、そっとそっとそっと起きる。
振り向いて妻と子供の顔を見た。大丈夫、ぐっすりだ。
改めてみるとママは疲れた顔してるな。
隣でピンク色のほっぺで寝ている息子と見比べて心からそう思った。

静かに出かける準備をするのは、高度な技が必要だ。
よし!ミッション開始!頭の中であの映画の曲が流れる。
まずは床に散らかる色々なトラップ、これが意外と厄介だ。
この前は蹴飛ばして音を立てたばっかりに起こしてしまい、めちゃめちゃ怒られたっけ。

よし!今日は無事に台所までたどりついたぞ。
コーヒー豆をセットしてスイッチオン。
パンを焼き、出来立てのコーヒーを台所で立ち飲みしながら夕べのことを思い返す。
残業し疲れて帰ってきたら、足の踏み場もない状態の部屋。
食を準備してないからと、カップラーメンを渡された。
それで俺のイライラが遂に、銃弾になって飛び出したんだ。

「俺だって疲れてるんだ。」

言ってはいけないワード第1位。
妻の顔がみるみる鬼の形相に変わる。
反撃はこちらの数倍威力があるバズーカ砲。
まともに受けなかったお陰で木端微塵にならずに済んだ。
しかし部屋の中は最悪の空気が充満で窒息寸前、今だ息苦しいままだ。

ふとさっきの妻の疲れた寝顔を思い浮かべる。
家事と育児を手伝いたいけど、毎晩遅くなって息子を風呂に入れるぐらいしかしてない。
ほとんどまかせっきりだ。
夕食はなんか元気が出そうなもの買ってくるか。
選択の失敗は許されない、お伺いを立てたほうが賢明か・・・

よし、腹ごしらえが済んだらミッションの続きだ。洗面所へと忍び足で向かう。
おーっと、ここで意外なトラップ!ハミガキがいくら絞っても出てこない!
帰りに買ってこないとだな、他にも色々と無くなってるし。

「6時55分!6時55分!」

ボリュームを絞ったテレビからかすかに聞こえてくる。
おーっと、残り時間が少なくなってきたぞ!綺麗な女子アナを横目で眺めながらも急いで身支度を整える。
そして足音を立てずに玄関にダッシュ。
しかし、ここでまたまたトラップ発生!ゴミ出しを忘れている!
華麗にUターンを決め台所に戻り、ゴミ袋を持ったら玄関に再びダッシュ。静かにドアを閉める。
ミッションコンプリート!思わず小さくガッツポーズ。

急ぎ足でゴミ捨て場に向かう。
仲良くゴミ出しをするカップルを追い越した。楽しそうな会話が聞こえてくる。
なんだか妻との初めてのデートを思い出すな・・・
夕食に何が食べたいと聞いたら、つゆだくの牛丼が食べたいと即答。お洒落なレストランを想定してた俺は面食らった。
そんなんでいいの?と聞き返すと、それが食べたいの!と笑って言ったっけ。

そうだ、夕食に牛丼買って帰るか。
ゴミ出しを済まして直ぐにメール打つ。
まずは『おはよう。昨日は、ごめん。』


そして春一番が、彼の髪をクシャクシャといたずらに撫でて行った。
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