第5話 旅行と五十肩の私

文字数 1,310文字

「あーーーいたたたたーーー」

朝が一番肩がこわばって痛い。3か月前くらいから五十肩になって色々と支障が出ている。
長年使っているのだから不具合が起きてもしょうがないか。諦めのため息とともに肩を数回撫でながら起き上がった。

洗面所に立ち髪を整えるときも痛さでしかめっ面になる。ますます小じわが目立ってホント嫌だわ。
それに白髪もだいぶ目立ってきたし、そろそろ美容院に行かないと・・・

「6時55分!6時55分!」


毎朝見ているテレビからのお知らせ。そろそろゴミ出しに行かないと収集車が行ってしまう。
唯一あの人が手伝ってくれた家事だった。だけど1年前に突然この世から居なくなって私の係になってしまった。
本当なら今頃は退職して一緒に旅行に行ってたはずだったのに、一人で遠いところに行ってしまうなんて・・・
今日も写真立ての中からこっちを笑って見ている。釣りが大好きで大物をあげたとき時の満面の笑顔。
遺影には不向きと親せきにたしなめられたけど、私はこれが一番あの人らしいと思った。
そんな写真の横に花を飾りながらいつものように話しかける。

「おはよう。今日はいい天気だけど風が強いって」

ゴミ袋を持ち玄関の扉を開けた。朝のテレビの予報通り風が強いけどなんだか暖かい。
もうそこまで春が来ているのかしら・・・
ゴミ捨て場に向う途中、仲良さそうに寄り添って一緒にゴミ出ししている男の子と女の子にすれ違う。
微笑ましい光景に思わず振り向いた。

あの人と最初に二人だけで会った日も、こんな風が強い日だった。
買ったばかりだという車で海まで行ったけど、スカートの裾ばかりが気になって会話が全然かみ合わなかったこと、今でもよく覚えてる。もうダメかもって思ってたから、また誘われて本当に嬉しかったな。

家に戻り新聞と郵便物を取り、テレビ見ながら朝食。いつものワンコを紹介するコーナーになる。
こんな子がうちにいたら寂しさもまぎれるかなとつい考えてしまう。
でも死んじゃってまた一人になったら耐えられないし、やめといたほうが賢明ね。

「今日も良い1日をお過ごし下さい。」

テレビのアナウンサーが爽やかに言い番組が終わる。さて、そろそろ洗濯と掃除を始めましょうか。
テレビを消して作業に取り掛かろうとした時、さっきの郵便物に招待状らしきものがあったことを思い出した。
そういえば、いとこの次男が結婚するとか言ってたな。名前は・・・え~っと、何だっけ?
とりあえず封筒の中を見てみる。

【ご予約いただいていた日にちが近づいてまいりました。後日確認のため連絡を入れさせていただきます。  ○○温泉旅館】

これって私が行きたがってた温泉旅館。人気で何年も予約がとれないってテレビで紹介してた。
あの人、覚えててくれたんだ。思わずぎゅっと手紙を抱きしめた。

どうして、どうして気付けなかったんだろう。
あの人の思いは今もここに残ってることに。いつも隣に寄り添ってたのに私ったら文句ばかり。
ありがとう・・・ありがとう・・・何度も小さく呟いた

「これ二人分ですからね、一緒に行ってくれるんでしょ。」
鼻をすすりながら小さな写真立てに向って言った。


その時、春一番が吹き窓を小さくカタカタ鳴らした・・・まるで笑ったように。
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