第4話 地獄の鬼ども

文字数 2,605文字

 ボン太がしばらく気を失っておりますと、とつぜん何者かにはがいじめにされ、後ろ手にしばりあげられました。
 そうして青白いヒトダマみたいな炎がボワッと灯った頃には、ボン太の口は大きくこじ開けられ、微動だにできなくなっておりました。
「おうおう、こりゃよくうそをついた舌だ。これほどまでのうそつきもめずらしいぜ」
 うれしそうに言うのは、舌抜き当番の青鬼です。
 その後ろからは、大きなヤットコをカチカチいわせながら、アニキ分の赤鬼も近づいてまいります。
「おおっと、動くんじゃねえぞ。動けば動くほど、痛い思いをすんのはオメエなんだからよ。ヒッヒッヒ」
 言うが早いか、赤鬼はボン太の口へ、むりやりヤットコをねじこみました。
「ハーッ、ヒヘェ!」
 たまらずボン太が悲鳴を上げますと、青鬼は満面の笑みを浮かべて雀躍りします。
「アニキ、聞いたかよ。こいつ『アーッ、痛え!』だって」
 それにこたえて、赤鬼は鼻息を荒くします。
「フン、こんなのはまだまだ序の口よ。ほれ、これでどうだ!」
 ボン太はもっと激しくわめきちらします。
「ヒハイヒハイ、ハヘヘフヘ〜」
「えっ、『痛い痛い、やめてくれ〜』ってか? やめろといわれてやめるバカがいるかよ、なあアニキ」
 青鬼はいちいち、ボン太の言うことを赤鬼に伝えては得意顔です。
 それでボン太をいびったつもりになって、はしゃいでいるのでしょう。
 赤鬼の方も、相手をとことんまでいじめぬくのが生きがいとばかりに、わざともったいぶって、じらしているのが丸わかり。
(なんだ、これじゃ虫ケラをいじめて喜んでるガキどもと、大して変わりゃしねえ。こんな頭のカラッポなやつらなら、村人たちをだますよりよっぽど簡単かもしれねえぞ)
 そう思った瞬間、ボン太の中から恐ろしさがサーッと引いていくのがわかりました。
(よし、だったら一丁やってみっか)
 ここでボン太は、一か八かの大勝負に出ます。
「ホイ、ハイヘンハ!」
「なんだよ。『おい、大変だ!』って」
 ボン太がとつぜん、あらたまったような調子でそう言うもんですから、青鬼はちょっと難しい顔になりました。
「ヘンハハイホウハ、ホハへハホ、ホンヘフホ」
「待て待て。今度のセリフはちいっと長えようだから、少しずつ、言ってくれよ」
 青鬼にそう言われ、ボン太はわざとゆっくり、短く区切ってしゃべります。
「ヘ・ン・ハ・ハ・イ・ホ・ウ・ハ」
「閻・魔・大・王……が。何、閻魔大王がどうしたってんだよ!」たちまち青鬼の顔から、ふざけた笑みが消えました。
「ホ・ハ・エ・ハ・ホ」
「お・前・ら・を。お前らを?」
「ホ・ン・ヘ・フ・ホ」
「呼・ん・で・る・ぞ……、だって?」
 と同時に、赤鬼が裏返った声を出します。
「何だと、本当か!」
 やっぱりボン太の思ったとおり。
 おっちょこちょいの赤鬼青鬼、とっさに閻魔大王のいる、大広間の方をふり返りました。
(よし、今だ!)
 ボン太はありったけの力で鬼どもをけっとばし、明かりの届かない草むらへ転がっていきました。
 そして物音を立てぬよう、ゆっくりと後退りしながら岩陰に隠れると、しばらくの間、息を殺してジッとしておりました。

「し、しまった、逃げられちまったぞ。おい青スケ、すぐさまみんなに知らせるんだ」
「ガッテン!」
 青鬼は火の見やぐらのようなものを一気に駆け上がりますと、カンカンと割れんばかりに半鐘を打ち鳴らしました。
 すると、どうでしょう。
 針の山や血の池地獄から、わらわらと鬼たちが集まってくるではありませんか。
 まるで、巨漢力士だらけの土俵入りでも見ているかのような、圧巻の光景です。
 ボン太は思わず息を呑み、全身に広がる震えを抑えるため、小さく体を丸めこみました。
「……なんだよ、またオメエらか」
 現場を任されているらしい古参の黒鬼が、まずは面倒くさそうに、間延びした声を出します。
「またとは何だよ、またとは。前に逃げ出したジジイは、オレらのせいじゃねえぜ。なあアニキ」
 青鬼に続いて赤鬼も、自分たちの濡れ衣を晴らそうと言い返しいます。
「おう、何でもかんでもオレたちのせいにされちゃたまんねえよ。ありゃ確か、そうそう、むらさき鬼がやらかしたんだ」
 やぶから棒に名前を出されたむらさき鬼も、血相を変えて怒鳴り出します。
「何だと、いい加減なことばっかぬかしやがって。ありゃ針の山で居眠りしてた白鬼の仕業じゃねえか!」
「ちょっと何てこというのさ、あたしゃそんな粗相はしないよ!」
 どうやら、以前にも脱走者がいたようで、鬼たちはそのことで組んずほぐれつの取っ組み合いを始めました。
 元々血の気の多い連中ですから、こうなったらもう手がつけられません。
 そのすきに、ボン太はもっと遠くまで逃げようと、入り組んだ山道をそそくさと駆け上がって行きました。
 と、その時です。
 ボン太は何者かに腕をつかまれ、あやうく大声を上げそうになりました。
 おそるおそる振り向くと、そこにいたのは──。

「ボン太。お前、ボン太だろ」
 何やら、聞き覚えのある声です。
「まさかあんた、……おとっつぁんか!」
「そうだ」
 老いさらばえてはいましたが、その姿は父の亀八に違いありませんでした。
「やっぱり、お前もこっちに来ちまったんだなあ」
 ボン太の縄をほどきながら、亀八はぽつりぽつりと話し出します。
「ワシがいなくなったばっかりに、お前の心はねじくれて、しなくてもいい悪さをするしかなかったんだな。ああ、申し訳ねえこった」
 亀八はそう言うと、しばらくの間、肩を震わせむせび泣きました。
 聞けば、とつぜん姿を消したのは、ウメを気味悪がったなどというのはとんでもない話で、どんな病もすぐに治せると言い寄ってきた男たちにだまされ、まんまとつかまってしまったためだったそうです。
「何とそいつらは、村に流れ込んできた盗賊でな。ワシはおどされて、その使いっぱしりにされちまったんだ。それである時、追っ手にバッサリ切られてこのザマだ」
 亀八はそう言うと、幽霊みたいに手をブラブラさせ、力なく笑ってみせます。
「そうだったのか」
 それ以上、ボン太に言えることなどありませんでした。
 長年うらみ続けた相手には、うらまれるわけなど何もなかったのです。
 いい加減なうわさを信じ、勝手に父親を悪人に仕立て上げていた自分が心底情けなく、消え入りたくなりながら、ボン太は父親のまっすぐな目を見つめ返すことしかできませんでした。
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