新たな芽

文字数 951文字

 若槻がここを去ってからもそれなりには月城音楽ホールに賑わいがあった。街はずれに立地するとは言え景色は良く空気も澄んでいるので行楽地、観光地としては人気であった。
「それにしてもここの人は流動的だ」
「…そうだね。演奏家もそれ以外も入れ替わりが激しい。長くても同じ人が住み続けるのは5年くらいじゃないか、…君以外は」
「私が物好きだと言いたいなら見当違いですよ。月城音楽ホールができる前から剣崎家の実家はここにあったのですからね」
「だとしても別の場所に移ることくらいあるだろう。君が長男だからという理由なんかで代々住んできた地に留まるとも思えない。そうでしょう、勇?」
「フフフ、随分貴方も私のことがわかってきましたね。まあ長い付き合いですし。私は単純にここが気に入っているから留まっているというだけですよ。人の出入りが激しいということはその分たくさんの人間を観察できるわけですし」
「なんだか君の方が人ならざるものみたいな発言をしているね」
「そうですかね。私はどこからどう見たって…」
 「あ、志都さん!バイオリン教えて!」
「え、また?いいけど…」
「…そこで何故私の方を見るのですか。いやはや自分の子どもが音楽の道に興味を示してくれたことは嬉しいですよ?でも私の専門はピアノですからね…」
「志都さんはピアノよりバイオリンの方がかっこいいと思うよね?見た目もスマートだし、音も綺麗じゃん!」
「あはは、僕はどっちも好きだよ…」
「ほら、志都さんじゃなくて他の奏者の人に教えてもらってきなさい」
「ちぇ…」
 「…何故かあいつ志都さんのこと気に入っているようで」
「それはありがたいけど、あの子は何故バイオリンにこだわるんだい?」
「うちに置いてあった若槻さんのレコードを聴かせたらハマってしまって…」
「なるほど…。そこは君に似たのかもね」
「うーん、どうなんだろう」
 親子か…僕には一生わからないものだがこうして次の世代を観察できるのは悪くない。とは言えやはり永遠などないと思い知らされる。いくら遺伝子を受け継いでいるからと言って、いくら似たような部分があるからと言って、やはりオリジナルではないのだ。その程度のことでショックを受けるから僕は同族たちに人間と関わらない方がいいと助言されるのだろう。…まあそれを無視したわけだが。
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登場人物紹介

月城志都

若市に古くから住む創造神。人間が好きで彼らと関わり合いたいと思っているが、不器用なため上手くいかないことが多い。今回は音楽ホールと楽団を用意した。人間のために物を生み出しすぎて一部の自然や秩序を重んじる妖怪から目の敵にされている。

若槻淳一

若市で有名なバイオリニスト。演奏の腕は確かだがプライドが高く神経質なため楽団に馴染めず表舞台から去る。志都の最初の仲間で特別な存在。

白城千

千年放浪記シリーズの主人公。”永遠に傍にいてくれる人間”を求めた志都により作られた不老不死の人間。

菅平松

謎に包まれた上級妖怪。秩序を誰よりも重んじ、世界のことを”我が庭”と呼ぶ。志都のことを敵視している。

石野櫻

菅と共に行動する妖怪。自然を愛し人間のテクノロジーを嫌う。雅な雰囲気からは想像できない残虐な性格を持ち、人間を操る妖術を用いて邪魔者を排除する。正式名称は御影石桜花の怪。

新井和彦

半人半妖の男性。人間やテクノロジーが好きな変わり者。飄々としているが面倒見はよい兄貴分。各地を旅しており”伝説の剣豪”という異名も持つ。

野宮千晴

新井の親友。穏やかな性格で年齢性別不詳。身体が弱く書物から得た情報や新井の小話が世界の全て。妖怪というものに興味があるが目の前で話している友がまさにそれであることには気付いていない。

尾之郷右近

妖狐双子の兄。人間が好きで茶店や服屋で接客している様子が度々観察される。耳は隠さず妖怪であることを積極的にアピールしているが共存への道は遠い。”お姉ちゃん”と呼ばないと怒る。

尾之郷左近

妖狐双子の妹。妖怪の中では落ちこぼれで沈んでいたところ、新井が紹介した科学に出会いのめり込む。兄(姉)のことは好きだが過保護な点は窮屈であり、自立したいと思っている。

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