助手と猫

文字数 1,245文字

 昼下がりの閑散とした公園。
 ブランコに座る杏子は、猫じゃらしで数匹の野良猫と戯れていた。

「おー、よしよし。君たちは可愛いねぇ」

 杏子はでれでれとした笑みを見せている。
 上機嫌なのは言うまでもない。
 猫派な彼女にとって至福の一時である。

 一方、朽梨は気だるそうにベンチに腰かけていた。

「よくそんなに楽しめるな。毛が付くぞ」

「先生にはこの愛くるしさが理解できないんですか……ははぁ、さては犬派ですね?」

「別に犬も好きじゃない」

 迷い猫探しの依頼は難航していた。

 有力な目撃証言はなく、どこへ行ったか見当もつかない。
 依頼者宅の周辺一帯にチラシを貼り回ったので、現状はそこから情報を得られるのを待つのみである。

「まだ捜査を始めて一日目だ。依頼遂行は早いに越したことはないが、まだ焦る段階ではない」

「ですね。特徴的ですし、きっとすぐに見つかりますよ」

 杏子はポケットから写真を取り出す。
 そこには、白い長毛の猫が映っていた。
 首には洒落た藍色のスカーフを巻いている。

「こう、育ちの良さが出てますよね。もっふもふしたくなります」

 うっとりとした表情をする杏子。
 その間も、手は休まず野良猫たちと遊んでいた。

 楽しげな助手とは対照的に、朽梨は吐き捨てるように愚痴る。

「猫探しなんてうんざりだ。まったく、面倒極まりない」

「文句を言う割にはきっちりやるんですね」

「依頼者が常連のお得意様だからだ。あの婦人は気前が良い。今回の報酬もなかなかの額だった」

「常連のマダムですか。ちょっと見てみたかったです」

 野良猫を華麗に翻弄しながら、杏子はのほほんと言う。

 シフトの都合上、彼女は此度の依頼を受ける際に不在だった。
 なので依頼者とは顔を合わせていないのである。

「それにしても先生の事務所に常連さんっていたんですね。意外です」

「意外とは何だ。探偵は信頼を築き上げる職業だ。まともにやっていれば常連くらいできる」

「先生のビジュアルはまともじゃないですよ。特に頭部とか」

「喧嘩を売っているのか」

 朽梨は不機嫌そうに首を曲げた。
 頭に被った赤い三角コーンが傾くも、ギリギリで素顔は見えない。

 杏子がしゃがんで覗き込もうとすると、朽梨は素早く三角コーンの位置を直した。

「ちぇっ、減るもんじゃないんですし、別にいいじゃないですか」

「顔出しは事務所NGだ」

「いやいや、先生は探偵事務所の所長ですよね? ルールを決めちゃう側ですよね?」

「ああ。だから俺がNGと言ったらNGだ」

 ベンチから立った朽梨は杏子の猫じゃらしを奪い取り、公園の隅に投げ捨てる。
 野良猫たちはそれを追って走り去ってしまった。

 呆然とする杏子をよそに、朽梨はさっさと公園を出て行く。

「休憩は終わりだ。猫探しに戻るぞ」

「そんな殺生なあああああぁぁっ!!」

 青々とした空に、杏子の嘆きが響き渡った。
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