同情しない探偵

文字数 1,735文字

 父の詐欺を止めてほしい。
 そう頼んできた杉下和夫に対し、朽梨は優しい口調で返す。

「何か事情があるようですね。とりあえずお掛けになってください」

「ありがとうございます」

 杏子が朽梨の隣に移動し、二人の向かい側に和夫が座る。
 和夫は一呼吸を置いて話を切り出した。

「十年前、詐欺に遭った父は借金を背負い、家は貧乏暮らしを強いられました。その結果、父は家族を養うために詐欺を始めたんです」

「詐欺による借金を詐欺で返済ですか……皮肉な話ですね」

 朽梨の返しに和夫は痛々しい表情で頷く。

「最初、父は俺たち家族に内緒で詐欺をしていたのですが、数年経った頃に母がそれに気付いたんです。すぐに離婚しましたよ」

「その後も信彦さんは詐欺を続けられたのですか?」

「はい。借金は随分前に完済したのですが、辞めるどころかグループまで作って活動する始末で……。何度となく説得しても、全く聞く耳を持ってくれません」

「何のために稼いでいるのか、本人も分からなくなっているのかもしれませんね。同情します」

 朽梨は控えめな調子でつぶやく。
 それは本心からの言葉のように思えた。

 彼なりに杉下家の不幸を憐れんでいるらしい。
 静観する杏子は、朽梨への評価をほんの少しだけ改める。

「だから、探偵さんたちには、何とかして父の詐欺を止めてほしいんです。もう、犯罪なんてしてほしくなくて――」

「それでしたら手っ取り早い方法がありますよ」

 朽梨が指を立てて和夫の言葉を遮る。
 見るからに得意気な動作と口調。
 むしろ悪意を孕んでいると言ってもいい。 

 数秒前の憂いのある雰囲気は、どうやら演技だったらしい。
 この麻袋頭は、これっぽっちも同情していなかったのだ。
 杏子は、朽梨の評価を一気に降下させておく。

 和夫が黙ったのを見計らい、朽梨はあっさりと断言した。

「通報すれば解決です。警察がお父さんの更生まで面倒を見てくれるので一石二鳥ですね」

「そ、それは……」

「お父さんが逮捕されるのは嫌ですか。詐欺は立派な犯罪ですよ」

「…………」

 図星を突かれて言い淀む和夫。
 対する朽梨は淡々と言葉を畳みかける。

「正式な依頼として受けた以上、強盗事件に関しては全力を尽くします。ただし、詐欺については看過できません。こちらからも相応の説得は行いますが、万が一の場合は警察に相談することになります」

「――分かりました。失礼します」

 暫し考え込んだのち、和夫は席を立って店を出て行く。
 その背中には、陰鬱な気配が色濃く滲んでいた。

 杏子は悲しそうに唐揚げを齧り、口をもぐもぐと動かしながらぼやく。

「息子さんも大変ですね。父親が詐欺師なんて」

「同情の余地はない。通報せずに犯罪だけ止めてほしいと頼みに来るような奴だ。自己中心的で傲慢極まりない上、何もかもが中途半端すぎる」

「どういうことですか」

「本気で父親を止めたければ、やはり自分自身で通報すればいい。年単位で見守る必要はない。それができないのなら、開き直って詐欺に協力でもしていた方が潔かった」

 朽梨はそこまで言い切ると、シャツの胸ポケットから小型の電子機器を取り出した。
 縦長のフォルムで、一昔前の携帯電話に似ている。
 機器を軽く振りながら朽梨は解説する。

「ボイスレコーダーだ。さっきのやり取りを録音しておいた。警察への証拠提出が楽になる」

「先生ったら本当に抜け目がないですね……なんでそんなものを用意してるんですか」

「探偵業務で使うからに決まっているだろう。他にも盗聴器や発信器の類も持っている。備えあれば憂いなし、ということだ」

 誇らしげに答える朽梨に、杏子は呆れて言葉を失う。

 まさかここまで徹底しているとは。
 朽梨は事件解決を視野に入れながらも、詐欺グループ逮捕への用意も進めている。
 いざという時は躊躇いなく実行するだろう。
 それが、朽梨にとっての最善策だからだ。

 杏子は誰もが納得できる展開を望んでいるが、生憎と妙案は思い浮かばない。
 とりあえずは探偵助手として、朽梨の指示に従うしかなかった。
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