4サクとの生活
文字数 2,293文字
「仮にも居候なんだから、家事は分担な?」
サクの部屋に連れて来られてから、当分はここに住んでも良いと言われた。だから私もお金を貯めて、一人で暮らせる部屋が見つかったら出て行くとサクに約束をした。
布団はサクの言葉通り、翌日の仕事帰りに実家から運んで貰った。
私の私物に関しては、義父が仕事に出ている時間を見計らって自分で取りに戻った。
義父に襲われそうになったあの夜から二日が過ぎて、今日からまた大学にも通い始めた。
幾らバイトをしていると言っても、お小遣い稼ぎに週二程度のシフトで入っているだけの私に比べて、社員で働いているサクは圧倒的に忙しかった。
洗濯や掃除はほぼ私が引き受けて、買い物などお金が掛かる事はサクの担当で、料理は二人で並んでするのが常となった。
すぐそばにサクがいると思うと、私は始終浮かれてドキドキしっぱなしだった。
料理をする時。腕まくりをして、葉脈さながらの血管や筋が浮き出る腕を見ると、訳もなく鼓動が早まり、顔の中心がカァと熱くなった。
ーーそんな筋肉とかあるんだ。サクのくせに……。
私とは違う、男の人の逞しさを感じた。
サクが休みの土日は、二人で食材を買いにも出掛けた。歩いて行けるスーパーに行き、欲しい野菜やお肉を買って帰る。
帰り道、重いレジ袋を持つのは決まってサクで、私はお菓子やパンなど比較的軽い荷物を渡された。
車の往来がある道では、さりげなくサクが車道側を歩いてくれる。
私が会話に夢中になって歩いていると、時に腕を引かれて、すぐそばを自転車が走り抜けて行った。
周りの状況を見て咄嗟に判断するサクに、私は守られていると感じた。
「ったく。危なっかしいやつだな」
サクは呆れて眉を下げる。私はそんな彼の言動にも幸せを感じていた。
「えへへっ、ありがとう」
母との死別や義父の豹変ぶりがあったせいか、サクは気持ち悪いほど優しかった。嬉しいけど……。期待してしまう。
「ねぇ……。本当に私、家賃とか生活費出さなくていいの? バイト代ぐらいだったら少しぐらい」
「いいって。余計な心配するな」
「だって……私だってご飯食べてるし」
「馬鹿。美紅一人の食費ぐらい何て事ねーよ。ほら、入るぞ?」
話をしていたら部屋までの道のりはあっという間で、私はサクに促されて先に靴を脱いだ。
「あ。そうだ。心配ならこいつらの事だけ気にかけてやってくれ」
「え?」
部屋に入ってから、サクはクローゼットの中を指差した。
後になってから知った事だが、サクは部屋のクローゼットの中で数種類の生き物を飼っている。
虫かごや水槽が合わせて三つ置いてあった。
私は生き物について詳しくないので、サクから聞いた生き物の名前をメモして覚えた。サクは一人暮らしを始めてから、ヒラタクワガタやミシシッピニオイガメ、ウーパールーパーを飼い始めたらしい。
中でもリューシスティックという種類のウーパールーパーが珍しくて、初めて見るその魚類のようなものに少なからず愛着が湧いた。聞くと魚類ではなく、両生類らしい。
「ウースケのこの黒目が堪らなく可愛いだろ? 赤いエラもこのちっちゃな手足も、見ていて癒されるんだよなぁ」
そう言ってサクは、子供の頃みたいに瞳を輝かせて笑った。
「ふふっ、でも名前は安直だよね?」
「いーんだよ、愛情はあるんだから」
サクは恥ずかしそうに、少しだけ頬を赤らめた。生き物の名前が安直だというのは、一応自覚しているらしい。
ヒラタクワガタのヒラタくん、ミシシッピニオイガメのミシェル、ウーパールーパーのウースケ……なんだかサクらしい。
「俺が居ない時、コイツらに異変があったら教えて欲しい。ヒラタやミシェルは割と元気で変わりないと思うけど、ウースケはデリケートだから」
「分かった」
餌のあげ方や体調が悪い時の特徴などをサクから詳しく聞いてメモした。
本当は犬や猫を飼いたいとも思っていたそうだが、このマンションはそういう大っぴらなペットは禁止らしい。
「ずっと一人で暮らしたいと思ってたんだよなぁ」
サクがウースケたちを見ながらポソっと呟いた。
「あの家では何にも飼えなかったから」
ーーそれで一人暮らしを始めたの?
私はぼんやりとサクを見つめるだけで、問いは声にならなかった。
*
「なぁ、美紅」
「なに?」
翌日の夕食時、ほとんどサクが作ったパスタをフォークに巻いて食べていると、何の気無しにサクが言った。
「親父が美紅に謝りたいって言ってるんだけど……どうする?」
「え」
私は手を止めて、正面のサクを見つめた。
「どうって……」
「あの事が有ってから、まだ二週間ぐらいだけど。会えそうか?」
私はキュッと唇を噛み、お皿のカルボナーラに目を落とした。
「……分かんない。けど正直、まだ……。お義父さんの顔は見たくない」
サクは目を細めて息をつき、「そうだよな」と呟いた。
「美紅の気持ちが落ち着いてからでいいから。出来れば俺は、和解して欲しい」
「……うん」
私だって出来る事ならそうしたい。あの夜は全くの別人だったけれど、お義父さんが僅か八歳の私をここまで育ててくれたんだ。
私がこの歳になるまでは、本当の娘として可愛がってくれていた。
「そんなに時間はかからないと思うから。落ち着いたら、また言うね?」
私は顔を上げ、サクに笑顔を見せた。