ジオラモ編(5)

エピソード文字数 2,586文字

ナギ達を心配したフロスが助けを呼び、ナギとルナは駆けつけた救援隊に助けられた。ナギは完全に壊れていて、何も応えられなかったし、再び言葉も失っていた。

運び込まれた病院で、ルナは必死でナギにヒールをかけたが、駄目だった。ナギは廃人のように、虚ろな目を開いているだけだった。

「ナギさんが心をとざしています。ナギさん自身がボクのヒールをうけいれてくれないんです」

悲しげに、ルナは言った。

ナギは食事も摂らず、ただ貝のように黙り続けた。リョータもナギの身を案じているのか、おどけるようにふるまっていたが、それすらもナギの心には届かなかった。

そうして六日という日にちだけが、徒らに経過した。

「ナギ、蜜リンゴすりおろしてみたよ? 一口でもいいから食べてみない?」

フロスはナギの口元に甘い香りのすりおろしをスプーンで運ぶが、反応はない。スプーンの先が悲しみで震える。ナギの目は依然として光を取り戻せずにいる。

「ナギさん、だいじょうぶでしょうか?」

ルナが、リョータの世話をしながら言う。

「きっと……大丈夫。だって……だってナギは、あんなに強くなったんだもん……」

そう言いながらも、フロスの声はかすれてしまう。ナギ、応えてよ、ナギ……諦めちゃだめだと思うのに、どうしても涙が落ちてしまいそうになる。

ルナは、テーブルの上の小瓶を手に取った。それはリンが大切にとっておいたチェラシス。アグル族からもらった、とびきり赤くてとびきり美味しいチェラシスだ。

「これ、れいぞうこにしまっておきましょうか?」

ルナが中を確かめるために蓋を開ける。甘酸っぱい香りがルナの鼻先をくすぐる。

突然、リョータが飛んできた。ルナが油断しているうちに、瓶の中からチェラシスを一粒、くわえてしまった。

「あ、リョータちゃん、」

手を伸ばすルナをすり抜け、リョータはチェラシスをくわえて飛び立つ。パタパタと、ナギのもとに飛んで、手の上にチェラシスを落とし、そうしていつものようにナギの肩にとまった。

「あっきれるわね」

リョータが言った。それは、リンの口ぐせ。

「あっきれるわね」


(ナギ……)

(ナギ……)

(全然ダメじゃない、ナギなのに)

(ナギ、大丈夫?)

(ナギ、泣かなくなったわね)


ナギの鼓膜に、鮮明によみがえるリンの声。そしてナギは思い出す。リンの頬のタトゥ、リンの唇、リンの眼差し、リンのぬくもり、

ナギの心の中、リンが、腕を組む。

(あっきれるわね。いつまでメソメソしてるつもり? 泣いてれば誰かが解決してくれるとでも思ってるの? 甘いわね。砂糖まぶしたこしあんに黒蜜かけてシロップまでかけちゃったくらい甘いわ)


「リン……」

それは、ようやく絞り出された一言だった。

ナギの指がゆるゆると動き、チェラシスをつまむ。ルナは思いついて、チェラシスの小瓶をナギの手に持たせる。瓶の中で、チェラシスが、揺れる。

ナギはつまんだチェラシスを口に運んだ。その小さな紅い実を、そっと、かじる。弾ける甘酸っぱい果汁が、ナギの感覚を、色彩を、音を、呼び覚ます。

チェラシスをほおばるリンを鮮明に思い出す。ナギ。ナギ。リンが、話しかける。リンが、振り向く。リンが、笑いかける。


「わああああ!」

ナギは、チェラシスの小瓶を抱きしめて、泣いた。涙がほとばしるほど、喉を吐き出してしまうほど、泣いた。

ルナはナギの背中を抱き、ヒールをかける。ようやく、ナギが回復魔法を受け入れた。

ひとしきり泣いたナギは、傍らのフロスに言った。

「空が見たい……フロス……外に、連れてって」

フロスに支えられ、ルナに見守られながら、ナギは病院の外に出た。病院は少し小高い丘に建てられていて、風に揺れる赤い花の向こうに青い海が見えることを、ナギははじめて知った。

空はまぶしかった。濃淡のない青はただ広くて、その下にある森も街も、貼り絵のように思えた。

水平線が空と海を分ける。空の青と海の青は違う。育む青と、育てる青の違いなのかもしれない。命は海の青から生まれ、空の青を見て育つ。命を慈しむなら、空も海も、決して、汚してはいけない。

風に乗って、
乾いたような、けれどしなやかな、音の粒の奏でるメロディがナギの耳に届いた。

少し離れた置石に腰掛け、背の低い木の葉陰で一人の老人がギターに似た楽器を弾いていた。ナギがはじめて見た楽器、ギターよりも三味線に近い楽器、それはさんしんという名だった。

ナギは目を閉じ、しばしそのメロディに耳を預けた。様々な記憶が、ナギの閉じた目の中を通り過ぎる。リンと闘って来た、これまでのこと。

自分はなんのために闘って来たんだろう? リンは誰のために闘って来たんだろう?

逃げられず、運命に翻弄されてリンについて行った。管理者などと言われ、納得も出来ないまま戦いに巻き込まれて来た。

いや、それだけじゃない。

リンは、戦いを終わらせてパセムに会おうと言った。だから、ナギにとっては、たった一人の大切な家族、パセムを取り戻すための闘いなのだ。

そしてリンは、そんな自分を守るために戦ってくれていた。

これは、
ナギの闘いなのだ。


「貴女は、救世主さんだね?」

声をかけられて、ナギは我に帰った。

見ると、さんしんを弾いていた老人がそこに立っていた。そういえば、さんしんの音はいつの間にかやんでいた。

「まだお若いのに、本当にありがとう」

老人は皺に囲まれた細い目をさらに細めてそう言った。

「この島には、基地なんて危険なモノは要らんサー。こんな小さな島に基地やコア・ステーションなんか作って、事故でもおきれば島には誰も住めなくなる。この島は海の神様からの授かり物さ。綺麗な花サンゴに守られとる。島も花サンゴも、汚してはなんないサー。救世主さん、どうか、島を守っておくれ」

老人は深々と頭を下げる。

そうだ。この人達のためにも、闘いをやめるわけにはいかない。

自分はもう闘えないわけじゃない。まだ、立てる。なら、

まだ、闘える。

これは私の闘い。私は、

私は。

ナギは改めて空を仰ぐ。

空の高さが、さっきとは違う気がした。

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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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