小さなライバル
文字数 2,685文字
「健人、今日の晩ご飯はハンバーグだよ」
「やったー!ハンバーグだー」
「健人、今度またあのお兄ちゃんに会ったら、ちゃんとごめんなさいするんだよ」
母親の美和は、健人に目線を合わせて言った。
「うん…」
うつむき加減に返事をした健人に美和は笑顔で大きくうなずき返した。
健人は母親の美和と二人でこのマンションに住んでいる。夕食を終えると、健人は決まってその日ハルカゼで作った折り紙コレクションを母親に披露するのだ。「凄いね、健人は折り紙の達人だね!」と、母親の美和はいつもとびきりの笑顔で健人をほめる。その笑顔を見れることが健人にとってもうれしいことなのだ。
健人はこの日も学校が終わるとハルカゼへ帰って来た。
「ケンちゃん、おかえりー!今日はね、お母さんいつもより帰りが遅くなるって。だから今日の晩ご飯はハルカゼで食べて行ってね」
「はーい!なっちゃんまだかな〜」
夏海の帰りを待ちわびる健人。
すると、カランカラーンとドアのベルが鳴り響いた。
「なっちゃん帰って来た⁉︎」
健人が振り返ると、そこにいたのは夏海ではなく正弘だった。
「なーんだ」
「なんだ…?」
大きくため息をつき、がっかりする健人に正弘が突っ込んだ。
「正弘君いらっしゃい!ごめんね、ケンちゃん夏海が帰って来たと思ったみたいで」
「あぁ、そういうことか。悪かったな夏海じゃなくて」
ちょっと意地悪に正弘が言うと、健人が真顔でやって来た。
「昨日はすみませんでした」
そう言って健人は正弘に向かってお辞儀をした。
「なんだ、お前ちゃんと謝れるじゃねぇか。大丈夫だからもう気にすんな」
正弘は笑って健人の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
カランカラーン、またドアのベルが鳴った。初めて見る顔だな。スーツ姿のキャリアウーマン風の女性がハルカゼへやって来た。その女性は、カウンターに座りコーヒーを注文すると椅子から立ち上がり、健人の折り紙コレクションをじっと見つめた。
「それ全部あの子が作ったんです」
ママさんの目線につられ、女性も健人に目をやった。
「これ全部…?」
「ほんとに好きなんでしょうね、毎日こつこつ折り続けてたらこんなにいっぱい出来ちゃって」
「3番さん、オムライス上がったよー」
「はーい、ゆっくり見てってくださいね」
ママさんはそう言い残し仕事に戻った。
それにしても物好きな者もいるんもんだ。
確かに健人の折り紙コレクションはクオリティが高い。
子供だからこのくらい、という妥協は見当たらない。
真剣な眼差しで作品を見続ける女性の元へ、健人がやって来た。そして女性の背中をぽんぽんと叩いた。
「これ」
「えっ、私にくれるの?」
「うん、お姉さんに似合うかなぁって。今作ったんだ」
健人は折り紙で作ったネックレスを女性に差し出した。
「とってもきれいなネックレス。ありがとう」
女性は健人がくれたネックレスをつけてみせた。彼女の笑顔に健人も嬉しそうだ。
「あの、すみません。あの子のご両親はどちらに?」
女性はママさんに尋ねた。
「仕事に行ってて、もうすぐ帰って来ると思いますよ。どうかされました?」
「あっすみません。私こういう者です」
そう言って女性は名刺を手渡した。その名刺にはリッツスターホテル・マネージャーという文字が書かれてある。
「えっ、ここって超有名ホテルじゃん!」
どこからともなく夏海が現れた。
いつの間に帰って来たのだろう。
「夏海ー、帰って来たらただいまくらい言いなさいよ!いつも突然なんだから」
「ごめんごめん。でも有名ホテルのマネージャーさんがうちに何かご用ですか?」
「はい。あの折り紙の作品をぜひ、私どものホテルで展示させて頂けないかなと思いまして」
「えっ、ケンちゃんが作ったあの折り紙をですか?」
「はい!とっても繊細で美しくて、私もつい見入ってしまいました。それくらい魅力的だなって。リッツスターホテルのイメージにピッタリだと思いまして」
「えー、健人すごいじゃん!」
「うーん…」
「どうした?嬉しくないのか?お前が作った作品をたくさんの人に見てもらえるんだぞ。しかも有名なホテルに飾ってもらえるなんて、こんなチャンスなかなかないぞ」
正弘は健人の顔を覗き込んだ。
「だけど…僕が作った折り紙を持って行かれちゃうってことでしょ?僕はなっちゃんやお母さんに見てもらいたいだけなのに…」
「健人〜嬉しいこと言ってくれるじゃん!」
夏海は両手で健人のほっぺたをぷにぷにさせた。
するとそこへ健人の母親の美和が帰って来た。そして、ホテルのマネージャーだという女性から話を聞くと、健人に言った。
「お母さんは健人の作品をたくさんの人に見てもらいたいな〜。健人の折り紙でたくさんの人を笑顔にしようよ」
そう言って美和は健人の手を握った。
「うん!」
「えっそれじゃあ…」
「はい、ぜひともよろしくお願いします」
美和がお辞儀をすると、健人も真似して一礼した。
「健人…凄いな」
正弘はそっとハルカゼを後にした。
私は正弘の後を追った。
「ミャー」
「春風どこ行くの?あれっ正くん?」
夏海が正弘と私を追って店の外へ出て来た。
「正君もう帰るの?」
浮かない顔をした正弘に夏海が声をかけた。
「どうかした?」
「健人良かったよな。スカウトされるなんて、何か先越されたなぁ」
「うん、健人が作る折り紙の良さに気づいてくれる人がいて、私もうれしいよ。って何か暗くない⁉︎」
「えっそうかぁ、まだ日は暮れてないけどな」
「そうじゃなくてさ〜正君が!」
「あっ俺⁉︎スターのオーラ出てない⁉︎眩しいくらいの!おっかしいな」
「そういうの、いいから」
「何だよつれないな〜…。スランプなんだよ、最近。何か思うように歌えなくてさ、カラオケの点数も悪いし。向いてないのかな〜って」
「ニャー!!」
「いったっ!!もぅ何だよ、健太の次は春風かよ。どうしたんだよ!」
おっとと、あまりのポンコツさについ猫パンチが出てしまった。
「正君も災難だね、大丈夫?でもさぁ、春風がパンチしたのも分からなくもないなー」
「何でだよ」
「だって、あれだけ大きなこと言っておいて、向いてないのかなとか言ってる場合じゃないでしょ。そのくらいの気持ちならさっさと辞めちまえ!」
「ほんとに夏海は口が悪いなー辞めねぇよ!健人に負けてらんねぇ」
「うん、よく言った。いいぞー正弘ー!その調子だぞー!」
「だからやめろって!何でお前はすぐ大きな声出すんだよー恥ずかしいってば」
相変わらず仲が良いな。
まぁ誰にでも少しくらい弱気になってしまう時もあるんだろう。正弘も夏海には本音が言えるらしい。気を張って頑張ってばかりいては人間も疲れるに違いない。心を許せる誰かがいてくれることは、幸せなことだな。
「やったー!ハンバーグだー」
「健人、今度またあのお兄ちゃんに会ったら、ちゃんとごめんなさいするんだよ」
母親の美和は、健人に目線を合わせて言った。
「うん…」
うつむき加減に返事をした健人に美和は笑顔で大きくうなずき返した。
健人は母親の美和と二人でこのマンションに住んでいる。夕食を終えると、健人は決まってその日ハルカゼで作った折り紙コレクションを母親に披露するのだ。「凄いね、健人は折り紙の達人だね!」と、母親の美和はいつもとびきりの笑顔で健人をほめる。その笑顔を見れることが健人にとってもうれしいことなのだ。
健人はこの日も学校が終わるとハルカゼへ帰って来た。
「ケンちゃん、おかえりー!今日はね、お母さんいつもより帰りが遅くなるって。だから今日の晩ご飯はハルカゼで食べて行ってね」
「はーい!なっちゃんまだかな〜」
夏海の帰りを待ちわびる健人。
すると、カランカラーンとドアのベルが鳴り響いた。
「なっちゃん帰って来た⁉︎」
健人が振り返ると、そこにいたのは夏海ではなく正弘だった。
「なーんだ」
「なんだ…?」
大きくため息をつき、がっかりする健人に正弘が突っ込んだ。
「正弘君いらっしゃい!ごめんね、ケンちゃん夏海が帰って来たと思ったみたいで」
「あぁ、そういうことか。悪かったな夏海じゃなくて」
ちょっと意地悪に正弘が言うと、健人が真顔でやって来た。
「昨日はすみませんでした」
そう言って健人は正弘に向かってお辞儀をした。
「なんだ、お前ちゃんと謝れるじゃねぇか。大丈夫だからもう気にすんな」
正弘は笑って健人の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
カランカラーン、またドアのベルが鳴った。初めて見る顔だな。スーツ姿のキャリアウーマン風の女性がハルカゼへやって来た。その女性は、カウンターに座りコーヒーを注文すると椅子から立ち上がり、健人の折り紙コレクションをじっと見つめた。
「それ全部あの子が作ったんです」
ママさんの目線につられ、女性も健人に目をやった。
「これ全部…?」
「ほんとに好きなんでしょうね、毎日こつこつ折り続けてたらこんなにいっぱい出来ちゃって」
「3番さん、オムライス上がったよー」
「はーい、ゆっくり見てってくださいね」
ママさんはそう言い残し仕事に戻った。
それにしても物好きな者もいるんもんだ。
確かに健人の折り紙コレクションはクオリティが高い。
子供だからこのくらい、という妥協は見当たらない。
真剣な眼差しで作品を見続ける女性の元へ、健人がやって来た。そして女性の背中をぽんぽんと叩いた。
「これ」
「えっ、私にくれるの?」
「うん、お姉さんに似合うかなぁって。今作ったんだ」
健人は折り紙で作ったネックレスを女性に差し出した。
「とってもきれいなネックレス。ありがとう」
女性は健人がくれたネックレスをつけてみせた。彼女の笑顔に健人も嬉しそうだ。
「あの、すみません。あの子のご両親はどちらに?」
女性はママさんに尋ねた。
「仕事に行ってて、もうすぐ帰って来ると思いますよ。どうかされました?」
「あっすみません。私こういう者です」
そう言って女性は名刺を手渡した。その名刺にはリッツスターホテル・マネージャーという文字が書かれてある。
「えっ、ここって超有名ホテルじゃん!」
どこからともなく夏海が現れた。
いつの間に帰って来たのだろう。
「夏海ー、帰って来たらただいまくらい言いなさいよ!いつも突然なんだから」
「ごめんごめん。でも有名ホテルのマネージャーさんがうちに何かご用ですか?」
「はい。あの折り紙の作品をぜひ、私どものホテルで展示させて頂けないかなと思いまして」
「えっ、ケンちゃんが作ったあの折り紙をですか?」
「はい!とっても繊細で美しくて、私もつい見入ってしまいました。それくらい魅力的だなって。リッツスターホテルのイメージにピッタリだと思いまして」
「えー、健人すごいじゃん!」
「うーん…」
「どうした?嬉しくないのか?お前が作った作品をたくさんの人に見てもらえるんだぞ。しかも有名なホテルに飾ってもらえるなんて、こんなチャンスなかなかないぞ」
正弘は健人の顔を覗き込んだ。
「だけど…僕が作った折り紙を持って行かれちゃうってことでしょ?僕はなっちゃんやお母さんに見てもらいたいだけなのに…」
「健人〜嬉しいこと言ってくれるじゃん!」
夏海は両手で健人のほっぺたをぷにぷにさせた。
するとそこへ健人の母親の美和が帰って来た。そして、ホテルのマネージャーだという女性から話を聞くと、健人に言った。
「お母さんは健人の作品をたくさんの人に見てもらいたいな〜。健人の折り紙でたくさんの人を笑顔にしようよ」
そう言って美和は健人の手を握った。
「うん!」
「えっそれじゃあ…」
「はい、ぜひともよろしくお願いします」
美和がお辞儀をすると、健人も真似して一礼した。
「健人…凄いな」
正弘はそっとハルカゼを後にした。
私は正弘の後を追った。
「ミャー」
「春風どこ行くの?あれっ正くん?」
夏海が正弘と私を追って店の外へ出て来た。
「正君もう帰るの?」
浮かない顔をした正弘に夏海が声をかけた。
「どうかした?」
「健人良かったよな。スカウトされるなんて、何か先越されたなぁ」
「うん、健人が作る折り紙の良さに気づいてくれる人がいて、私もうれしいよ。って何か暗くない⁉︎」
「えっそうかぁ、まだ日は暮れてないけどな」
「そうじゃなくてさ〜正君が!」
「あっ俺⁉︎スターのオーラ出てない⁉︎眩しいくらいの!おっかしいな」
「そういうの、いいから」
「何だよつれないな〜…。スランプなんだよ、最近。何か思うように歌えなくてさ、カラオケの点数も悪いし。向いてないのかな〜って」
「ニャー!!」
「いったっ!!もぅ何だよ、健太の次は春風かよ。どうしたんだよ!」
おっとと、あまりのポンコツさについ猫パンチが出てしまった。
「正君も災難だね、大丈夫?でもさぁ、春風がパンチしたのも分からなくもないなー」
「何でだよ」
「だって、あれだけ大きなこと言っておいて、向いてないのかなとか言ってる場合じゃないでしょ。そのくらいの気持ちならさっさと辞めちまえ!」
「ほんとに夏海は口が悪いなー辞めねぇよ!健人に負けてらんねぇ」
「うん、よく言った。いいぞー正弘ー!その調子だぞー!」
「だからやめろって!何でお前はすぐ大きな声出すんだよー恥ずかしいってば」
相変わらず仲が良いな。
まぁ誰にでも少しくらい弱気になってしまう時もあるんだろう。正弘も夏海には本音が言えるらしい。気を張って頑張ってばかりいては人間も疲れるに違いない。心を許せる誰かがいてくれることは、幸せなことだな。