第1話 ドローンから爆弾

文字数 1,938文字

1.アルメニアの志願兵

 その日は朝から不思議な心持ちだった。
顔を洗う水、パンの味、空気、空の色、いつもより感度が増したようだった。

 生まれる前から続いているナゴルノ・カラバフ戦争は、我々アルメニア軍の優勢と聞いている。アゼルバイジャン懲役兵やシリア傭兵などに、我々志願兵が負けるはずがない。
 それでもその日は朝から心に鳥肌が立っていた。


2.トルコ製上空滞在型ドローン バイラクタルTB2

 我々アルメニア軍には、高性能なロシア製対空ミサイルシステムS300がある。俺はその軍拠点地にいる。
俺はそのとき仲間と外にいた。仲間の1人、ドラゴが言った。
「日本に生まれたかったな。俺は日本のアニメが好きなんだ。ユーリは好き?」
急に何を言っているんだ。俺は少し笑った。

 そのとき空にチカッと光るものを見た。その記憶が最後だった。


3.トーキョーの夜の9時

 大きな橋から6人の男が、次々に歓声を上げながら川面に飛び込んでいる。酔ってふざけているようだ。俺とドラゴはそれを上空から見ていた。
 アゼルバイジャン軍のドローン爆撃で死んだ俺達は、死後のターミナル駅に向かっていた。
その途中で俺はドラゴに付き添い日本に寄り道した。

 2人溺れているようだった。
泳いで川岸についた男が救助を求めると、救急車や消防車で騒然とし出した。川岸に運び込まれた2人に、魂はもう入っていなかった。
 俺とドラゴはお互い顔を見合わせて頷くと、横たわっている入れ物にそれぞれ潜り込んだ。
貧相な茶髪にはドラゴが、デブには俺が入った。


4.斉藤謙太と川崎悠

 俺はしばらく入院した。

「名前と住所は?」と医師から聞かれても答えられない。
「よくわからない、憶えていない」を繰り返した。日本語は話すことができた。

 デブの両親と名乗る男女が来て、母親が熱心にデブのプロフィールを教えてくれた。
去年高校を退学してから、なにもしていないようだった。信じられない。
デブの母親に「ありがとう」と言うと泣いていた。

 ドラゴの方が回復が早く、先に退院することになった。
俺が選んだデブの体、20キロの装備を背負っているよう。重くて回復が遅い。退院したら減量しなければ。こんな体じゃ戦えない。

「俺の名は、カワサキ ユウ」
「いいな、ドラゴの名前。俺はサイトウ ケンタだってさ」
 俺は談話室でドラゴ改めカワサキを見送った。


5.プロパガンダ

 退院してから俺は部屋にあったガラクタを捨て、朝、周辺を歩き徐々に体力をつけた。
どうせ拾った命、これからは自分の好きに使う。
「体を絞りたいので食事は減らしてくれ。それから少し勉強をしてみたい」
 そう言うと両親は涙ぐみ、通信課程の高校を探してくれた。デブの家は裕福な部類のようだった。

 祖国アルメニアの様子が知りたかったのだが、何故かテレビのニュースでは取り上げられなかった。ネットで戦況を確認すると最後にこんな一文が添えられていた。

『現在互いの国が、自国に優位な情報を発信している状況です。プロパガンダがネットやSNS上で繰り広げられているので、情報の収集・拡散には細心の注意を払ってください』

 そして俺はTwitterで、アゼルバイジャン軍のドローン戦術の巧みさを知り、胸が締めつけられた。
俺はドラゴと会って話がしたくなった。


6.無関心は鈍器

 ファーストフード店でドラゴと待ち合わせた。ドラゴは開口一番、
「あんまりエンジョイしていない」と呟いた。
「だって、みんなナゴルノ・カラバフ戦争を知らないんだ」
「ああ、驚いたよな」

 そのとき隣のテーブルの高校生2人連れの声が耳に入った。
「ヤベー、FPSゲームみてえ」
「これマジで戦争しているんだぜ」
「どこ?」
「アゼルバイジャンとアルメニア」
「知らね」

 2人でスマホを覗き込んでいる。
「すげー、この無人攻撃機」
「この戦争、最新兵器の実験場って言われていてさ。アゼルはトルコ製とイスラエル製で、アルメニアはロシア製の兵器」
「代理戦争かよ」
「米中大国ではレーダーに映らないステルス高速ドローンや、虫の群れのような無数の超小型ドローンとか開発しているってよ」
「そんなんあったら、人間なんか出て行ったら犬死にじゃん」
「人海戦術なんて、もう古いんじゃない?」


 俺たちは食事を終えると近くの公園に行った。
ベンチに2人で座る。風が冷たいけどこのままでは帰れない。頭の熱を冷まさないと。
厚い雲の隙間にあの日と同じ青い空が見える。

「ユーリ、この空ってアルメニアに繋がっているはずだよな」
「ああ」
「俺さ、ここでいろいろ調べたり読んだりしたんだ。アゼルバイジャンのことも。だんだんわからなくなったんだ。なんで戦っているんだ?」
「ドラゴ、俺もそう」

 俺は空を仰いだ。
この感情を表す日本語を、俺はまだ知らない。

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