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文字数 1,100文字

 目を覚ますと、天使が言った。
 「ゴルフでも行くか」

 こうしてある日、彼とゴルフに行った。雨ではないが天気は死ぬほど悪く、コースの芝は夜逃げされたように放っておかれ、そこら中ぼこぼこだった。
 世界は崩壊していく最中(さなか)だったが、天使との思い出はたくさんある。彼はふとした時に習字にして飾っておきたくなるようなことを呟く。いろいろ言ってくるので、未だにぼくの座右の銘は決まらない。一緒に六番ホールを回っているときだった。
 「普通以上を目指さなければ」とテイクバックしながら天使は言う。「普通ですら手に入らない」
 ……なるほどそうかもな、とぼくは思った。…ナイッショ!

 あるいは夕飯の支度をしているときだった。
 「人生は必ず深いものを感じさせてくれる」と、ぼくと餃子を包みながら天使は言う。「ちっぽけな自分の思い通りにはならないが」
 天使とはそういうやつだった。ふむふむと、ぼくは納得させられた。そして…あ、入れすぎた。

 二人で公園でキャッチボールをしているときだった。
 「世界はコップ半分の水だ」と、振りかぶりながら天使は言う。
 「すでに半分しかないと思うか」足を上げ「まだ半分もあると思うかだ」投げた。
 ……ぼくはなんだか深いなと感じながら、キャッチャーの姿勢で顔面にめがけて飛んでくる速球をショートバウンドで捌(さば)いた。っぶねー。

 さらには二人で部屋で麻雀をしているときだった。
 「身につけるべき振る舞いを覚えなければ」と、牌を見極めながら天使は言う。「それ以上の旅は続けられない」
 そうか……。
 そう言われて、ふと自分の来(こ)し方(かた)を振り返らざるを得ないぼくだった。…あ、ツモ。

 信じられないかもしれないが、こんなこともあった。
 ある晩、消灯後にぼくがパソコンで自分を照らしながら小説を書いていると、のそのそと天使が近づいてくるのを感じた。そして彼は言った。
 洗顔貸してくんね。
 あ、いいよ。と、ぼくは手渡した。
 ぼくはその姿をありありと覚えている。一度限りのパジャマ姿の天使だった。

 ある朝には、コーヒー豆を挽きながら
 「ありのままを受け入れて初めて変われる」と天使は言った。

 外で死にそうな野良猫を見かけるとこう言った。
 「死ぬほど大丈夫だと言い聞かせてやれ」

 こうして、ぼくと天使とのやりとりは枚挙に暇(いとま)がない。

 ある時、ぼくの小説の進みが芳しくなく、苦悶しているのを見て天使は言った。
 「苦痛や諦めや経験してみることなしに、何も得られやしない」

 そしてこうも言った。
 「自分自身に疑いを抱かない者はいない」
 「立って、おまえの戦いに意味があることを証明し続けろ」
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