文字数 512文字

窓際、後ろから二番目の席からはグラウンドがよく見えた。
教室にはもう誰もいなくて、赤く染まった光が静かな室内に溢れていた。
そっと近づいて、私は声をかける。
「ねぇ、忘れ物だよ。」
抱えるようにして持っていたジャージを机の上にそっとのせた。
返事は無いけれど、私は彼女に近づいてまた声をかける。
「もう夕方だね。」
返事は返ってこない。
「みんな帰っちゃったよ。」
ぽたぽたと私の目からこぼれた雫が彼女のジャージに水玉を作る。
窓際に後ろから二番目の席に腰を下ろす。
そのまま彼女のジャージに頭を預けて、グラウンドに視線を落とした。
体育で一緒に走ったグラウンド。一緒に泳いで、遊んだプール。一緒に歩いた通学路。
他にもたくさん、たくさん。
全部ちゃんとあって、全部覚えているのに、君だけがここにない。
君と書いた机の落書きに指を滑らせる。
この机はまた来年、彼女じゃない誰かに使われるんだろう。
机の上にある彼女の忘れ物はジャージだけじゃない。
「きっと私も……。」


赤く染った教室が薄暗い闇に侵食されはじめてから、私はようやく立ち上がって机に背を向けた。
忘れ物のジャージはそのままにして教室から出る。
そうしたら、なぜだか彼女が笑った気がして、私も少し笑った。
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