文字数 3,155文字

 かつて東の国にはニェン一族という王族が存在した。歴史から封印された一族である。なぜなら、国の最高機密の人々だと認められ、厳重に管理されていたからだ。
 さて、問題は、なぜニェン一族が、一族ごと、国の最高機密にされたかということである。理由は、彼ら一族の“内側”にあった。文字通り、内側である。
 ニェンの血を引く者は、腹の中にダイアモンドを形成するのだ。生まれたばかりのころは欠片ほど。だが、体が大きくなるに比例して、ダイアモンドも大きくなってゆく。ダイアモンドが体内で成長するのだ! 80カラットにまで成長した例もあったらしい。
 消化器官の近くに存在する、ダイアモンド。取り出してみても、なくなることはない。取り除かれた部分にまた新たにダイアモンドができるからだ。ダイアモンド生成器。ニェン一族が一生遊べるだけの財を手に入れた方法など、想像するだけで(おぞ)ましい。一族内の残酷極まる歴史である。
 一時は尽きることなき財産で膨れ上がったニェン一族だったが、ある時期を境に衰退の一途を辿ることとなる。それは、国規模の飢饉である。この大飢饉の中で、ニェン一族のみならず、さまざまな王族が衰退することになったのだが、ニェン一族にはそれ以上の危機が訪れていた。
 ダイアモンドを生成する、その体質が狙われ始めたのである。
 人々は血眼になってニェン一族の人間を探し、ある者は監禁し、ある者はセリにかけて売り飛ばした。そんなことをされているうちに、ニェン一族は分散し、数を減らしていった。
 飢饉が収束するころには、もう数えるほどになり、国は彼ら一族の保護を行う。国の最高機密に指定することによってニェン一族は事実上、地球上からその名を消すことになったのだ。
 さて、消えた王家、ニェン一族の末裔はどこにいるか。噂では、海を渡ったと言われている。海を渡り、遥か日本へ。日本の、ボロアパートへ。その名も、佐々木男子荘だ。
 佐々木男子荘の紅一点、柏餅 夢子は、ニェン一族の最後の末裔として生を受けた。そんな生い立ちを持つ彼女は、簡単に警察に駆け込むことができない。警察に調べられれば、彼女がニェン一族の末裔だと世に知られてしまうかもしれないからだ。
 しかしこのままひっそり潜んで暮らしてゆくのも寂しい。彼女は携帯を手に取った。誰か、ワタシの存在に気がついて欲しい。彼女はサイトを立ち上げた。
 『夢子の夢々なるままに』──タイトルを打つ。
 ニェン一族の紋章であったピンクと水色のカラーリング、ウサギ。

「そう、すべてのピースは最初から提示されていたのだ……」
「いや、なんの話」
 おれは榛くんに思わず突っ込む。
一方で、東西くんと殿下は慣れっこなようだ。
「小説家先生の誇大妄想話だよ。タダで先生の小説が聞けるなんてありがたい! って思って適当に聞き流すのが吉だね」
「そうなんだ……なんというか、似たもの師弟なんだね」
 どっかの星の電波を拾ってるのはお餅ちゃんだけだと思ってた。おれは溜息をつく。
 榛くんはまだ夢の世界にいるらしい。一点を見つめ、ブツブツと話の続きを唱え続けている。
「ちょっと、榛くん、榛くん、戻ってきなって」
 東西くんに目の前1センチで手を叩かれ、やっと、
「うおっ! びっくりしたっす! 」
 と、意識を取り戻した。
「佐々木 榛名大先生の傑作小説も一段落したところで」
 東西くんが切り出す。
「さっそく、リョクさんたちに話、聞きに行こうか」

 船長とリョクさんに話を聞こう、と榛くんを誘うも、「兄貴がいるなら絶対行かないっす」と断られてしまった。そのため、おれと東西くんと殿下とで事情を聞くことになった。
「さて、どこにふたりを呼びだそうか」
「気軽な気持ちで来てくれそうなところがいいよねえ」
 と、東西くんがセッティングした場所は、近所の飲み屋だった。
「おとなしかいないし、夕飯がてらってことで」
 西さんご夫婦が経営する『飲み屋 西』は、二階建て住居の1階部分を改造して作られた、超小規模居酒屋だ。佐々木男子荘から歩いて行けるところにあり、よくお世話になっている。
「人数いるならテーブル席用意しようか? 」
 という提案に甘え、おれと東西くんと殿下は店奥のテーブル席に陣取った。
 ただふたりを待ってるだけというのも迷惑な気がして、ソフトドリンクと青椒肉絲を頼む。ひとつの大皿を、3人でつつく。
 そういえば、この3人で集まることって、今までなかったな。気がつき、言うと、東西くんは、
「たしかに。いつも榛くんとかがいるもんね」
 とうなずいた。
「ふたりは、いつもどんな会話してるの? 」
「ボクら? 」
そうだなあ、と東西くんは目を天井に泳がせた。
「最近見た映画の話とか、してるかも」
「映画好きなの? 」
「まあ、殿下がね」
 東西くんが答える。
「殿下はこんな馬鹿でもさ、趣味だけは高尚なんだよ。読書と映画鑑賞。まったく高飛車な趣味でしょ? 」
 そんな高飛車かな? たしかに、インテリな趣味ではあるけど。
 おれが言うと、東西くんはケラケラっと笑った。
「殿下にしては、って意味だよ。ボクは殿下は地の果てまでの馬鹿だと信じ込んでるもんだからさ。読書なんてできるんだ、映画なんて分かるんだって思っちゃうのよ」
 まったく失礼な話だが、殿下は少しも怒る気配がない。いつもの気難しそうな顔で、青椒肉絲をひたすら啜っている。
「でもね」
 東西くんは続ける。
「殿下ったら、読む小説こそ、強がっちゃって小難しい変なのばかり読んでるけど、映画の趣味はいいんだよ。だから、ふたりでいる時は、だいたい映画見てるよ」
「へえ」
 意外、といえば意外だが、他になにをしてそうかって言われれば、映画を見ている、という回答がいちばんしっくりくる気がした。一切口を聞かないひとりと、つかみどころのないひとり。
 おれはあのボロアパートで、東西くんと殿下が並んで映画を見ている風景を想像した。シアターに寄せて電気を消した部屋の中で、映画を見る。東西くんはなにか物を言うだろうか? それとも最後まで黙って映画をみるだろうか? 
お互い知り合って半年、やっぱり、このふたりの関係性は謎だらけだ。おれが東西くんなら、会話に対してこんなに反応が薄い殿下といてもおもしろくないだろうし、殿下だったら、こんなに自分のことを馬鹿にしてくる相手といたら腹が立ってしかたがないだろう。不思議な関係だなあ、と、ふたりを見る度に思う。
 そんなこんなで話をしていると、船長とリョクさんが揃ってやってきた。
「突然呼んじゃってすみません」
 おれは席を立ってあいさつをする。
「いえいえ! 」
 リョクさんは笑って手を左右に振る。相変わらず、人の好さそうな人だ。船長も、「いえいえ……」とリョクさんを真似てつぶやいている。このふたりがお餅ちゃんをストーカーしてるだなんて。おれの視点からは、到底信じられない。
「どうぞ、すみません、待ってる間に料理頼んじゃいました」
「いえいえ、ありがとうございます」
 一辺を壁につけたテーブルを中心に上座から、リョクさん、船長、東西くん、殿下、おれ、と座ることになった。
「ところで」
 全員でビールとその他料理を頼み終えたところで、リョクさんが口を開いた。
「なにか、ありましたか? 珍しいですね、このメンバーは」
 どうして船長と一緒に呼ばれたのか、ピンと来ていない様子だった。
「ええ、まあ……」
 言い掛けるおれを、
「まあ、乾杯してから話しましょうよ」
 東西くんが止めた。
 たしかに、ストーカーの話なんて、いくら西さんご夫婦でも聞いて欲しくない話題だ。
「そうですか」
 緊張気味の雰囲気に気がついたのだろう、リョクさんはそれだけ言うと、黙ってしまった。
 船長は相変わらずぼんやりした顔で、店内を見渡していた。
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