父親

文字数 909文字

「じゃあ、また。元気でな」
 新宿駅の改札で娘と別れ、一人帰路に着く。新宿から茨城のアパートまでは電車で約一時間半。たまに東京まで出る分には、あまり長くは感じない。

 妻は娘がまだ小さいときに亡くなり、その一人娘もとっくに家を出て、東京で一人暮らしをしている。
 自分はというと、娘が家を出たのを機に持ち家を売り、今の茨城のワンルームに引っ越した。一人で一軒家を管理するのは案外骨が折れる。昔は色々と凝っていた庭も、最後にはただの荒れ地と化していた。それに何よりも、定年を迎え子供も手を離れた第二の人生、身軽になりたかったのだ。
 厚生年金も貰っているし、アルバイトもしているので、それ程の苦もなく暮らせている。そして時々、観光がてら東京まで出て、娘と食事をしたり、買い物をしたりするのである。

 この日は新宿を見て回った。今年完成したゴジラタワーが一番の目的だ。子供の頃、モノクロ映画の時代からゴジラを観ている自分にとっては、是非とも見ておきたいものだった。
 娘に写真を撮ってもらい、自分も、娘の写真を残す。そうこうして日も暮れ、帰る時分になった。

 改札を抜けて、ホームへと歩く。相変わらず広い駅だ。
 自分はその時、ユニクロで買い物した紙袋を、ぶらぶらと下げていた。しかしそれが、夕方ふいに降り出した雨に、思いの外濡れてしまっていたらしい。突然、紙袋の底が破れ、中身が、沢山の人が行き交う中で散らばってしまった。まとめて買った靴下や下着があらわになり、恥ずかしい思いをした。急いでそれらを拾い、破れた袋を押さえる。

 東京の往来の中で、老いた自分が一人、量販店の下着類を拾い集めている様が、なんだかふと、惨めに思えた。
 夢から覚めたように急に孤独を感じ、自分はこうして年を取り、気弱になり、ひとりになり、死んでいくのかと、自分の人生とは、なんであったのかと虚しくなった。家族を支え、真面目一辺倒に生きてきた人生の結末は、"ひとり"なのか──。

 どうも、いけない。はは、と苦笑する。本当に、年を取ったよなあ……。
 そうして自分は、その惨めで孤独な気持ちを拭いきれないまま、誰も居ない家へ帰るため、一人、ホームへと向かったのだった。
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