人糞薬用酒

文字数 2,000文字

 竹から産まれたかぐや姫は美しい女性になりました。噂を聞きつけた六人の貴公子が姫に求婚しました。月の者は地上の人間と結婚できません。悩んだ彼女は六人に無理難題を突きつけました。どのようにしても探し出せない品をそれぞれ持ってきた者と結婚すると。
一、仏の御石の鉢
二、蓬莱の木の枝
三、火鼠の皮衣
四、竜の頸の五色の珠
五、燕の子安貝
六、人糞薬用酒
 この難題をクリアできる者はいませんでした。五の君などは燕の巣によじ昇り子安貝を獲ろうとしたのですが誤って転落し、かわいそうに死んでしまいました。それを聞いて姫は「あ、そう」と言いました。
 姫が産まれた竹藪から金銀が沸いてきたお陰で貧乏人だったおじいさん、おばあさんは金持ちになれたのです。だから文句は言わないけど本心では早いとこ片付いて屋敷を出てって欲しい。愛情をこめて育ててきた彼らに姫は娘らしい優しい言葉をかけた事がなかったからです。彼女は年頃の娘のように琴を弾いたり貝合せで遊んだりはしません。日がな部屋に籠って何やらを書いている。おじいさんたちが部屋に近づくと「構想中なの、気が散る!あっちへ行って!」と言う始末です。もちろん文をやりとりする友人もいませんでした。
 六の君は実は、かぐや姫には興味ありませんでした。国内はもちろん唐や新羅の多くの書物を読んで学のあった彼は、姫が書いているという物語を読みたくて求婚したのでした。顔は美しいが情愛を持ち合わせない心の冷たい姫らしい。そんな姫が書く物語はいかにも面白そうではないか。
 さて、人糞薬用酒。想像するにとても飲めそうにありませんが、噂によると高麗には人糞で作った酒があるのだとか。それだ!六の君は高麗と交易する商人に頼み、件の酒を手に入れました。
 甕が屋敷に運ばれてきました。一尺ほどの黒い甕で側面がべとつき、いかにも無気味な雰囲気を醸しだしています。蓋をあける前から糞尿臭が漂います。臭いはきついが飲むとそうでもなく身体がカアッと熱くなり病がたちどころに治る。医師(くすし)いらずの奇跡の酒なのだ。そう、商人が言います。もっとも商人自身も聞いただけで、気味が悪くてこの酒を飲んだ事はないのですが。
 六の君は勇気を奮い栓を開けました。樋洗から立ち昇るあの臭いを何重にも重ねた悪臭が、ブワッと彼の鼻孔と目を刺しました。
「うぐぅッ!」
 とても飲めません。何もかもアホらしくなり彼は求婚から手を引きました。大金を積んだ酒です。捨てるに忍びず牛小屋の隅にうっちゃっておいたところ、かぐや姫の両親から申し出がありました。
「私共の我儘な娘のためにご迷惑をかけ、申し訳ありません。どうか買い取らせて下さい」
 どうぞどうぞと、六の君は甕を売ってしまいました。おじいさんたちは奇跡の酒と聞き、飲んでみたかったのです。双方とも齢八十を超え、お迎えが近いのを悟っています。でも、まだ死にたくない。
 彼らは甕の蓋をあけ、思い切ってちょびっと飲んでみました。若い頃、畑に何度も人糞をやっていた二人には耐性がありました。成程、臭いほど味はきつくない。しばらくすると身体がカアッと熱くなり、汗が大量に出ました。すると関節の痛みが軽減し、楽に歩けるような気がするのです。高価な酒なので二人は毎夜少しづつ飲みました。その度にどんどん身体が軽くなっていきました。
「おばあさん。最近皺が減ったように思うのう」
「おじいさんも黒い毛が生えてきたではありませんか」
 こうして見た目五十歳位になった頃、二人に女の赤ん坊ができました。
「うわ、年寄りのくせに気色ワルッ」
 姫にとっては妹ともいえるのに酷い言い様です。彼女は二人が若返ってもさして何も思いませんでした。彼女自身が不老不死の身であり、見た目も十代で止まっているのですから。
 さてそれからしばらく経ち、屋敷に月の使者がやってきました。
「かぐや姫よ。満期となったためそなたを連れ戻しに参った」
 姫は月で罪を犯し、罰のため地上に降ろされていたのでした。その罪とは、月の帝をはじめ宮廷のゴシップをあることないこと書き連ね、売って稼いでいたというもの。なまじ文才があるのが災いしたのです。
「姫を育ててくれた御礼に不老不死の薬を授けよう」
 使者はおじいさんたちに言いましたが、人糞酒がまだ残っているし、最近では「死にたくても死ねない」恐怖がちらと頭を掠めるようになっていました。そのためせっかくの褒美を断りました。彼らとしては、かぐや姫がいなくなるのが何より嬉しかったのです。
 満期というのは嘘です。月に戻ると即、二度とゴシップを書けないように全ての指を切り落とされるのです。かぐや姫は同罪を犯した先輩がその仕打ちに遭ったのを憶えていました。暴れる姫を引き摺りながら月の使者は牛車に籠めました。使者の列が月に昇っていきます。急な事だったので、かぐや姫はせっかくの五十四帖にもなる大作を地上に残してしまいました。
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