初めてのお酒は家族と

文字数 1,260文字

 
 バイト帰りの夜の街は賑やかだ。
 五月だというのにまだ肌寒くセーターを着ていた。
 通り過ぎる人たちには酔っ払いがいて、たまに歩いているとぶつかりそうになる。
 それをサッと横切って歩く。
 月子はそんなことが得意だった。
 器用な方じゃないけれど危ない人には近づかない。それはバイト先でも同じで、割と人間関係で悩んだことはない。友達にはよくそつのない子とか言われる。八方美人とも。でも気にしない。
 
 今日は月子の誕生日で大人になる日。でもなんとなく家には帰るのは億劫だった。
 別に誰と約束もせず一人の帰り道だった。家では家族が待っていてくれている。
「こんな時は、お父さん、お酒用意してくれてるのかな」
 そんなこと思いながらカップルを横目にウィンドウショッピングをする。
 高級ブランドの人形が大きなアクセサリーをつけていた。
 自分にはとてもじゃないけど似合いそうもないななんて思いながら通り過ぎた。
「それにあんな大きなのお父さん、きっとびっくりしちゃう」
 月子は全くまだ子供でその上ファザコンだった。

 父親は鉛筆工場を経営している。だから小さい頃からシャーペンを使ったことがない。削るのはいつも父の仕事だった。母は若い頃他界していて父と二人暮らしだった。だからかとても子煩悩の父なのだった。

 家の近くまで来て飲み屋が一軒見えた。いつも父が一人で飲んでいる店だ。
 月子はそこに立ち寄った。一人で店に入ると生まれて初めてのアルコールを注文した。

「おばさん、ビール」
「あら?」
「今日、二十歳なんだ」
「そうなのね、それはそれはおめでとう!」
「ありがとう」

 顔見知りの店員さんは嬉しそうに笑顔した。
 でもビールは頼んで目の前にやってきたけれど月子は手をつけなかった。
 やっぱり気が咎めたのだ。
 初めては一人じゃ寂しいかな。やっぱりお父さんと一緒にしよう。

 そう思ってお店の会計を済ませた月子は、帰りにコンビニで缶ビールを二本買った。

 一階が工事になっていて2階が住居だった。
 コンクリートの打ちっぱなし。なかなか洒落た建物だ。
 あかりはついていない。まだ誰も帰っていないらしい。
 月子は少しがっくりして、階段から2階に上がった。
 コンビニのビニール袋がカサカサと音を立てた。

「ただいま」

 そう言うと月子は灯りを付け、靴を脱いで家族に声をかけに言った。
 それは真新しい父の写真だった。缶ビールを一本だけ開けて仏壇に置く。

 それから自分もテーブルに座って飲んだ。

「寂しくないよ、お父さん」

 月子の父はもういないけれど、いつもそばにいる気がしていた。
 だからこんな時は二人で飲んでいるのと同じだった。
 酔っ払って、くだを巻くのが父の悪い癖。
 月子も同じだった。

「どーしていないの、どーして死んだの」

 そんなことを口にすると涙が出た。
 でも嬉しかった。自分の中には確かに父が、そして母もいる。
 きっと大人になってお酒が飲めるようになった自分を見て、喜んでいるに違いないのだ。
 月子は、まじまじと写真を見て、
「大人になったよ、お父さん」と呟いた。

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