第一話『×××の水底』
文字数 1,213文字
どこからか生暖かい風が頬を撫で、通り過ぎていく。
風と共に、鼻をつく酷く錆びた鉄の臭いがした。
ただ、淡々と臭いがするという情報を脳は処理している。
ゆっくりと目を開けると、そこはどこか温かくも寂しいオレンジ色に照らされた世界。
生き物の姿もなく、建物などもない、空の向こうまで広がる荒野はどこか幻想的だ。
ただ永遠にも感じられる空の下で、たった一人で立ち尽くす少年は砂を巻き上げながら、流れてくる突風に足元がふらついてしまい、手近にあった物を握る。
思わず目を閉じてしまう程の強い風で怯みそうになりながらも、風が止んだのを見計らって今度は大きく目を開けると、遥か遠くの大地が燃えていた。
毒を吸い込んだ黒い大地は枯れ果て、水の一滴もない。
この世界の終わりが広がっていた。
少年は、自身の顔にかかる前髪を払うと、握っていたものを見た。
この形には見覚えがある。ぼんやりとする頭の片隅に、昔これが何かを教えてくれた誰かの顔が浮かぶ。
その誰かは、魂は消失する事がなく世界に眠る数多の命と共に生きていくのだと言った。
また誰かは、希望があれば人は生きていけるのだと教えてくれた。
顔も思い出せない記憶は、まだ温かいものにも関わらず、土のように崩れていく。
そうだ、周りにあるのは亡くなった存在を弔う墓石であり、自分はただひとり、その上に居たのだ。
そうして、辺りを見渡した所で「え?」と上ずったマヌケな声が出てしまった。
ただ風だけが吹く、何もない夕暮れの荒野の中、ぽつんと佇むように立っている自分の周りには、おびただしい程の数の人の亡骸が横たわっていた。
先程からの錆びた鉄の臭いは彼らのものだろう。
皆、何かを言いたげに苦悶の表情を浮かべるモノもいれば、蹲り苦しみに耐えようとする姿のまま生涯を終えている様子。
だが、不思議とそれらに対して何の感想も浮かばない。ただ、動かなくなったモノが転がっているだけ、驚いただけだ。
少年は記憶だけじゃなく、心までも失くしている事に気が付いていない。
『人』が『人』である為に必ず必要なものが欠落していた。
人間性を失っている少年には、今は自分以外の物はどうでもいいとさえ思えているのだろうか。
「もう全部終わったのよ、人間は本当に愚かで醜いわね」
ふいに香る甘い花の香りと、耳に入ってきた柔らかな少女の声に振り返った瞬間、首に大きな衝撃と痛みが走り、少年の世界は暗転した。
痛みなど感じるまでもない、一瞬の事だった。
「どんなに世界を変えようとしても、結局……現実は何も変わらない」
薄れていく意識の中で少女の苛立ったような声がした。
「×××、あなたが何をやっても何度だって失敗するわ!私とあなたは同じなんですもの!」
いつだって、世界の真実は残酷に物語る。
いくつ失ってもまた、失い続けるのだと。
――これは、世界の意思に抗い、人に憧れ続けた一人の生きた証。
『人間性と喪失』の物語。
風と共に、鼻をつく酷く錆びた鉄の臭いがした。
ただ、淡々と臭いがするという情報を脳は処理している。
ゆっくりと目を開けると、そこはどこか温かくも寂しいオレンジ色に照らされた世界。
生き物の姿もなく、建物などもない、空の向こうまで広がる荒野はどこか幻想的だ。
ただ永遠にも感じられる空の下で、たった一人で立ち尽くす少年は砂を巻き上げながら、流れてくる突風に足元がふらついてしまい、手近にあった物を握る。
思わず目を閉じてしまう程の強い風で怯みそうになりながらも、風が止んだのを見計らって今度は大きく目を開けると、遥か遠くの大地が燃えていた。
毒を吸い込んだ黒い大地は枯れ果て、水の一滴もない。
この世界の終わりが広がっていた。
少年は、自身の顔にかかる前髪を払うと、握っていたものを見た。
この形には見覚えがある。ぼんやりとする頭の片隅に、昔これが何かを教えてくれた誰かの顔が浮かぶ。
その誰かは、魂は消失する事がなく世界に眠る数多の命と共に生きていくのだと言った。
また誰かは、希望があれば人は生きていけるのだと教えてくれた。
顔も思い出せない記憶は、まだ温かいものにも関わらず、土のように崩れていく。
そうだ、周りにあるのは亡くなった存在を弔う墓石であり、自分はただひとり、その上に居たのだ。
そうして、辺りを見渡した所で「え?」と上ずったマヌケな声が出てしまった。
ただ風だけが吹く、何もない夕暮れの荒野の中、ぽつんと佇むように立っている自分の周りには、おびただしい程の数の人の亡骸が横たわっていた。
先程からの錆びた鉄の臭いは彼らのものだろう。
皆、何かを言いたげに苦悶の表情を浮かべるモノもいれば、蹲り苦しみに耐えようとする姿のまま生涯を終えている様子。
だが、不思議とそれらに対して何の感想も浮かばない。ただ、動かなくなったモノが転がっているだけ、驚いただけだ。
少年は記憶だけじゃなく、心までも失くしている事に気が付いていない。
『人』が『人』である為に必ず必要なものが欠落していた。
人間性を失っている少年には、今は自分以外の物はどうでもいいとさえ思えているのだろうか。
「もう全部終わったのよ、人間は本当に愚かで醜いわね」
ふいに香る甘い花の香りと、耳に入ってきた柔らかな少女の声に振り返った瞬間、首に大きな衝撃と痛みが走り、少年の世界は暗転した。
痛みなど感じるまでもない、一瞬の事だった。
「どんなに世界を変えようとしても、結局……現実は何も変わらない」
薄れていく意識の中で少女の苛立ったような声がした。
「×××、あなたが何をやっても何度だって失敗するわ!私とあなたは同じなんですもの!」
いつだって、世界の真実は残酷に物語る。
いくつ失ってもまた、失い続けるのだと。
――これは、世界の意思に抗い、人に憧れ続けた一人の生きた証。
『人間性と喪失』の物語。