第2話

文字数 1,292文字

   2

 コーヒーにミルクを入れてカフェ・オレを作る。店長曰く、かき混ぜるのはご法度らしい。理由は忘れた。
「このコーヒーは、美味しいです」
 私がそうつぶやくと、店長はなにも言わずに微笑んだ。大人の笑みだ。
 そして店長もコーヒーをすする。何も入れていない、漆黒のコーヒーだ。さっきまでの店長とは雰囲気が違う。静かな店長が飲むブラックコーヒーは、私の中で「ゲテモノ」から「大人の飲み物」に昇華する。
 ……それにしても、整った顔だ。私としては、しっかり髭をそっているのがプラスポイントだ。と、そんなことを言ったら、店長目当てでこの本屋に通う女子大学生やマドモアゼルに叱られてしまう。「如何(どう)して貴女が採点する側に居るのかしら?」と。なんてね。

「絵美ちゃん、学校はどう?」
「……楽しいですよ。相変わらず友達はいませんけど」
「勉強、好きなんだ」
「いや……好きではないですけど。学校行くにあたって他にやることもありませんし」
「まあ、それはそうか。学生の本分だもんね。……今の子たちってバンドとかやらないのかねえ」
「……店長、バンドやってたんですか?」
「え? ああ、まあね。ちょっとだけ」
 少し、意外だ。なんというか、店長はバレーとかバスケとか、体育会系の部活に打ち込んでいました! って感じがするけれど。
「本当はバレー部だったんだけど、部活をサボったりしてね」
 ああ、悪い人だ。店長は、イタズラをした子供みたいに笑ってそう言う。この人ならある程度の悪事、いわゆる若気の至りとかいうやつも、サラッと許されそうな辺りがずるい。
「絵美ちゃん、部活には入ってないの?」
「まあ、はい。バイトしたいので」
「ココ以外でも?」
「今、探し中です。なるべく近場で。折角貯めたバイト代を交通機関に払うのは勿体ないので」
「……まあ、近場なのはいいんじゃないかな。女の子が一人で歩いていると心配だしね。まあ、遠いところにしても交通費くらいは出ると思うけどね」
 ああ、失念していた。それもそうか。
「ああ、確かに……」
「……ふふっ。絵美ちゃんって、そういう可愛いトコあるよね」
「これを可愛いって言われるのはなんだか、腑に落ちないですね」
 どうせなら、もっと違う所を褒めてくれればいいのに。――あ、まずい。言われる。「可愛いと言って貰えるだけ有難いのではなくて? ワタクシは言われたこともありませんのよ!?」と。ソーリー、マドモアゼル。
 真っ黒で、「苦い」という言葉を具現化したような悪魔の飲み物をあっという間に飲み干した店長は、カップを後ろの戸から入る簡易的な台所に持って行き、カップに水を入れた後、本棚と本棚の合間を縫って店の奥に消えていった。洗い物は後で私がしておこう。
 それにしても、あの「悪魔の飲み物」に少し手を加えただけで、カフェ・オレとか、カフェ・ラテとか、カプチーノとか、あとはまあ、カフェ・マキアートとか、「甘い」という言葉を三次元に書き起こしたような「天使の飲み物」に様変わりするのだから、すごいもんだなと思う。
まあ、すごいのはコーヒーではなくて牛乳――おっと失礼。ミルク、の方なのかもしれないけれど。
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