第1話

文字数 9,839文字

 奈々ちゃんはゆかりのことを好きだと思う。
 てゆーか好きだ。

「ねっ」
「ぇ、ぇぇっ、ゆ、ユかりサん?」

 という核心の下、
 本人に詰め寄ると、面白い顔して真っ赤になりながら、座っていた椅子の上であたふたと、さっきからよくわからない身振り手振りをしつつ、ゆかりを前にして奈々ちゃんは声を上擦らせた。
 ああ、テンパッてんなーというのがまさに見て取れて、これは非常に楽しいかもしんない。

「で、どうなのさ。ぶっちゃけてみよーぜ奈々ちゃん」
「はなッ話がぜん、全く、あの、あれッ?」

 慌てるあまり、何を話してるかよくわからなくなってるのに加え、逃げ道となりえるような人も物もこの場にはない。がらんとした会議室の一室。人払いなんてとっくの昔に済ませてる。
 そんな用意周到にまんまとはめられた奈々ちゃんは、ある意味でいぢられ慣れているはずだというのに、今は困ったように眉をハの字にして、かわいそうなほどに目を潤ませていた。

 けどゆかり悪くないもん。これは奈々ちゃんがいけないんだもん。

 だってさ、こんなさ、奈々ちゃんて顔近づけただけで真っ赤になるりんごさんなんだよ?
 ゆかりのこと、ほんとのところどう思ってる?って聞いただけでホラ、すっごいいっぱいいっぱいなカンジで動揺されちゃうんだよ?目なんか黒目がちだからすぐにこう、うるうるしちゃったりしてるんだよ?
 強気さに押されると、いつもこんなふうに小動物みたいな姿ばっかゆかりの前だとしてるというのに。

 ……なのにさぁ、ちょーっとゆかりが目を離してるうちにさー。
 またこないだもツアーとかってあっちこっち行くかと思ったら、今回初お泊りまでしてきたんだとか。
 ゆかり全然聞いてなかったって話ですよ。寝耳に水でしたよ。びっくり、裏切られた感さえしちゃいますよ。同じプロデューサーなのに。……もしかしたら聞いてたかもしんないけど。憶えてないだけかもしんないけど。
 でもさしかもさぁ、おいしいものいっぱい食べたんだって。行った先で。鳥づくしだったんだって。
 だいぶ前ゆかりのおすすめした名古屋の某喫茶店へも行くとかってライブのMCでは言ってたらしいけど、結局それでどうしたのだとかわかんないし。こっちには奈々ちゃんからそんな報告とか全然きてないし。
 まだ憶えてたんだって事すら後からネットでそれ知ったくらいですしね。
 雑誌とか新聞とかでも写真とか様子が見れたしさ…これがまた格好よかったりするんだ。

「ゆかりさん?」

 正直、ちぇーってカンジ。
 なんかゆかりばっかりこんなしょんぼりしたり、悔しがったり、驚いたり……
 ゆかりがどきどきしているのに、奈々ちゃんは平然としていたり、遠く行っても元気いっぱいだったりしてるしさー。

「みっしーに頼んで奈々ちゃん貸してって話つけてあるから、しばらくは誰もこないよ」
「ちょおッ……まっ……た三嶋さん……!  わた、私それ聞いてないし!」
「うん。だから今ゆってんじゃん? 了解とったのってついさっきだもん」
「ゆかりさぁん……」


 ――ほらね。こぉいうのが奈々ちゃん。これこそが奈々ちゃん。

 こんなへたれの奈々ちゃんなクセに、ゆかりをあんなもやもやした気持ちにさせてる。

 ――なんていうか、なんか違う。


 だから色々考えてみた結果、これは奈々ちゃんが近頃調子に乗っているから、なんじゃないかと思ったわけだ。

「それにホラ、してるよ。奈々ちゃんの、ゆかりへの意志確認」
「そ、それはぁ……」

 だからここはひとつ、ゆかりが教えてあげねばならないのです。
 まずは認めさせること。そしてあれだ、惚れた弱みっていうの? 奈々ちゃんとゆかりのどっちが優位で強いかを、先輩後輩抜きではっきりさせたげるのだ。
 ゆかりの、ゆかりによる、奈々ちゃんのための教育的指導。


略して「ゆかり教育」だ。




************





 身振り手振りができないほどに詰め寄った距離だからかな?
 奈々ちゃんはさっきからすぐそばを立っているゆかりのことを見上げながら、ひっきりなしに視線をあっちこっちにさ迷わせてたりする。

「んー? あっちに何かあるのかにゃー?」

 何も無い。とは当然わかっているんだけど、こういうことをすると奈々ちゃんはきっと

「いえ!  何もないです、ははは、」

 ってソッコー反応。だよなー、焦って修整してくると思った。うんうん奈々ちゃんはやっぱこうじゃなきゃ。あはは。

 なんて、遊んでいる場合じゃなかった。
 今日のゆかりはとある信念のもと動いているのです。
 決して廊下を通りかかった奈々ちゃんの声がやけに楽しそうだったからからかってみたくなったとか、ゆかりの知らないスタッフさんと話してるから挨拶しそこねてちょっと寂しかったとか、そんな適当なノリで奈々ちゃんに迫ってるわけではないのですよ! 多分。

 幸いゆかりのここでの用事はついさっき終わってて、加え次の収録までも時間がある。
 津田さん(マネージャー)も別の用事でいなくなっちゃったし、どこにいるのかなーって奈々ちゃんを探す手間もなく見つけたとある会議室では、さっき会話をしてたと思しきゆかりの知らないスタッフさんたちも、というか奈々ちゃん以外は誰もいないような状態だった。
 これは何のフラグですか、ゆかりがうっかりこの会議室に足を踏み入れた瞬間どっきりよろしく後ろから話をつけたはずの某みっしーPがいなくなったと思った津田さんや奈々ちゃんとこの益子さんが指差しながらゆかりを笑いにくるとか、そんな話ですか? なんて整いまくったこの状況を改めて思うと……やっべ、なんだかドキドキしてきた。

「ねぇ、仕掛けとかあったりしないよね?」
「仕掛け?  えっと多分なにもないとは思うんですが……その、先ほどから話が見えないんですが……」

 と。
 突然のゆかりの問いに目を白黒させる奈々ちゃん。
 黒目がちだから実際そんなこたぁないんだけど物のたとえで、ただ嘘つくのとかが絶望的にヘタな奈々ちゃんがきょとーんって擬音でもついてそうな顔してゆかりの顔を見上げてたから、きっとそうなのだろう。うん、信じるよ奈々ちゃん。

「ううん、こっちの話。何もないならいい」
「はぁ……っていうか、ゆかりさん、ちょっとその、今日、なんだかすっごい目の前じゃないですか?」
「だって奈々ちゃんに迫ってんだもん」
「せま、ッ、えぇぇぇぇえ?!」

 おお、えらいぞ奈々ちゃん――思わず大きな声あげそうになったんだよね。でもすぐ目の前にゆかりが陣取ってたりするから、すぐにちゃんと自分の声とで気づいた奈々ちゃんは、叫ぶ声を絞った。

「きよーだねぇ。いい子いい子」

 気遣いのできる人はすごいので、奈々ちゃんの頭をなでなでしてあげる。
 奈々ちゃんはいつもヒールの高い靴を履いている事のが多いから、立っているとゆかりともそんな身長変わらないカンジがするんだけれど、こうやって椅子に座ってちゃそれも発揮できない。
 だので立っているゆかりと、座ってちょうどいい高さにある奈々ちゃんの頭はひじょーになでなでしやすいので、ここぞとばかりにさわさわしたげる。
 むぅ、相変わらずさらさらしてて滑らかで触り心地がいいにゃー。



――髪の毛に触れてたら、なんとなく、昔の奈々ちゃんとしたやりとりを思い出されてく。


 もう3、4年くらい前になるか。
 奈々ちゃんと一緒の作品はそれまでにもあったけど、それまでは全然今みたく軽いノリで話をするだとかは全然なかった。会っても2、3話をするだけ。当然お友達なんていいモンじゃない、ごく薄ぅい関係だったと思う。
 一因にゆかりの激しい人見知りがある中で、奈々ちゃんと、それも急速に仲良しさんになったきっかけは、あの某魔法少女な作品であるのはいうまでもなくて。アニメのアフレコだけに留まらない作品は他にも数多くあるけれど、イベントにドラマCDにと、とにかく多くへ展開する作品だった。
 当然のように二人一緒の撮影とかもかなり多かった。

 最初の頃の印象は、正直あんまもう覚えてないけど、その作品でシリーズを色々やって、水樹さんをちゃんと知るまででなんとなーく持っていた印象も、実際は違うんだー、いい人なんだーってわかってからは、一緒するのが楽しくなったりしたりで、お仕事だけど遊んでるみたいなカンジんなって、グラビアの撮影中とか、二人してはしゃいで「いいのかこれは」って写真も結構取らせた気がする。


 その頃は奈々ちゃんはまだ、こんなに髪を伸ばしてなくって、ずっと肩位の長さの髪をしてた。――


 するりと指先で奈々ちゃんの髪を上からゆるく梳きながら、懐かしい回想は終了。
 ついでに、奈々ちゃんの座ってる椅子がコロコロのついているやつだったから、ゆかりの空いてた手で手すりを掴むと、ぐるんっと回して奈々ちゃんがちゃんとテーブルにつける位置に――ゆかりに背を向ける位置に――もっていった。

「わわっ。あの、ゆかりさん。これは一体どのような……ひゃうッ?!」
「はーい、ヘンな声出さないでくださーい」
「ヘンなって、だって……!」
「んじゃーエロい声出さないでくださーい」
「誰もそんな声出してないじゃないですかー! もぉ~」

 とか言いながら、決して本気で嫌がってる感じではない奈々ちゃん。
 ちなみに何が起こっているのかというと、椅子を回して向こうの壁を見るカタチになった奈々ちゃんのことを、ゆかりが背中から奈々ちゃんの両肩に手を垂らして、シートベルトみたくしているからだ。

「おお。さすがすっぽり」

 ゆかりもそんな背が高いほうではないけれど、奈々ちゃんくらいちまかったら、腕の中にすんなり納まった。

「あの、ええと」
「奈々ちゃん、さっきからそればっかー」

 間に椅子の背もたれを挟んじゃっているけれど、立っているゆかりですっぽり奈々ちゃんのことを覆うカンジ。

「ういやつよのー」

 固まっちゃってる奈々ちゃんがおもしろくて、「うりうり」と言いながら奈々ちゃんのまぁるい後頭部の左側に頬を寄せる。

「ぁぁぁのゆかりサン?」
「はぁーい、ユカリさんですよーん。よんよーん」

 特に意味のない返事はかなり生だ。けど名前呼ばれただけなのだし、肝心の疑問っぽい奈々ちゃんの声も、直接何がなんだーっとは言ってないから気にしなーい。

「面白がってますよね?」
「うん」

 あ、体が縮んだ?(超笑顔

「それ以上ちっちゃくなったら奈々ちゃんなくなっちゃーう。いなくなっちゃヤダー」

 シートベルトしてた手を椅子の手すりからパッと戻し、ずり落ちそうになった奈々ちゃんをよいしょって抱きとめた。
 前でクロスするカタチになった腕の中で、奈々ちゃんの縮小がギシッと体ごと固まって止まる。

「奈々ちゃんがなくなっちゃった……」
「……ゆかりさん、どこ見ながら言ってます?」
「んー、それに答えるのは奈々ちゃんに酷かなぁ」
「~~もうッ!」
「あはは」

 やっぱり奈々ちゃんいじるの楽しい。

「ごめんごめん」
「うわ、軽っ」

 とか言いながら、奈々ちゃんも笑いながらこーいうゆかりの軽口にちゃんと怒らないで返してくれんだよね。
 だからゆかりも、一緒すんのに気兼ねしなくていいから、二人とか平気でいられるんだと思う。

「ゆかりは綿菓子で出来ているのですー」
「ちょ、ゆかりさん!  くすぐっ……あは」
「くすぐってないよ?  奈々ちゃんがひとりでよじれてるだけじゃん?」
「耳元とかっ……!」
「耳がいいの? ふぅー」
「~~っっ(声なく暴れる奈々ちゃん)」
「ゆったからだかんね?  それまではしてなかったじゃん」
「~~ッッ(耳まで真っ赤で頷く奈々ちゃん)」
「ほんとわかってんのかなぁ」

 くっくっと笑わないかわりに、俯く奈々ちゃんからは見えない位置で、口の端がにまーっと上がってく。
 見ると、せめてもの抵抗か。抱きかかえられてない唯一自由な足元で、奈々ちゃんは両足をバタバタとさせている。

「奈々ちゃんおもしろーい。かわいー。うわぁ、なんかこのまま離したくなくなってきちゃった」
「そんなっダメですってば……?!」
「えー? 奈々ちゃんはゆかりのこと嫌いなんだー」
「~~そうじゃない、」
「あ、今詰まった」
「だからっ違ッ」
「んじゃ、どうしてダメ?」
「うっ……」

 黙り込んじゃった奈々ちゃんに、ちょっといじりすぎた? と内心焦り始める。ヤバい、こういうのなんかニガテ。まさか泣かせちゃう?
 本気で泣かせてしまったら、ゆかりどうしていいかわかんないよ。などと思っていると、気がつけば首まで真っ赤になった奈々ちゃんがいっそう俯きを深くして「違うんです」と、か細い声で呟くのが聞こえた。ゆかりの顔が奈々ちゃんの、まだすぐ隣にあったからそれは聞き取れた。

『何が違う?』聞こうかとした。交差させた腕の中で、真っ赤っかがあったかさとなって、浅い呼吸がどくどくする振動になって伝わってきた。だから黙ってることにした。
 そんなに遠慮しないでもいいのに、ってくらい控えめに、奈々ちゃんがゆかりの腕に指先を触れさせた。

 わかってるよ、奈々ちゃんはゆかりのこと好きだよね。
 じゃなきゃ、どうしてゆかりにだけはいつも遠慮がちなの? スキンシップも結構するほうなクセしてさ。ゆかりには全然みんなにみたくはしてこないじゃん。

 だけどもし。もしほんとは、ゆかりのことをよく思ってなかったのだとしたら。
 嫌いじゃない、でもだからって好きというわけではなくて、ほんとは嫌いだなんて思う価値すら感じてもらえてなかったとしたら。

 ――知っている。人は好きとか嫌いとか、そんな風に強く相手を意識する事以外の感覚も持ち合わせてる。それは“どうでもいい”だ。ただ居るから、ただ一緒だから、ただ円滑にことを運ぶためだから、ただ、ただ……居ても居なくても、どうでもいいと思われてたら――

「私は、ゆかりさんのことが」
「ふーんむ。いじめすぎちゃったか。奈々ちゃんへーき?」
「ぇ……はい、へーきです、けど」
「ん。そ。ほいじゃゆかりそろそろ行くねー」
「えっ」

 するりと巻きつけていた腕をほどいて、会議室の入り口へを向かう。

「ゆかりさん」
「またメールくれたりする?」
「あ、はい!  それはもちろん……じゃなくってゆかりさん」

 背中から呼び止める口調でかけられる声にも、足を止めなかった。

「ゆかりさん、ちょっと待ってください」

 何が指導だよ。えらそーな事言って結局はなにもできないで。ともかく早くここから出よう。

「ゆかりさん!」

 腕を、掴まれた。部屋を出ようとするゆかりはあと半分で見えなくなるというところで、奈々ちゃんに捕まってしまった。

「……なに?」

 言って自己嫌悪。なんだこの低さ(トーン)。感情を漏らさないようにしようとしたら、ほんとに無感情になっちゃった。最悪。
 向かないつもりだったけど、今ので明らかに怯んだのがわかったから、半歩引いて、奈々ちゃんの方へと体を向けた。
 不安そうな眼差しが、ゆかりを射抜いた。

「なにかな、奈々ちゃん」

 あーあ、もう何をやってるんだか。
 なんだかんだで奈々ちゃんを構いたかっただけなのに今更気づいて、ほんの少しだけ落ち着いた気持ちで、安心させられるかはわからないけど名前を呼んで、右腕へと伸びた奈々ちゃんの手に、左手を重ねたげた。
 心なしか、強張ってた表情が柔らかくなったような気がした。

「私は、好きです」

 そんな不意に

「ゆかりさんが、好きです」

 必死な顔した奈々ちゃんが、ゆかりのいちばん最初の問いに答えた。

「……2回ゆってるし……」

 真っ赤で泣きそうな顔しているくせに、目を潤ませながらまっすぐゆかりにぶつけてくる。
 触れた手なんか、気づかれてないと思ったか。小さく震えてるみたいだった。

「ゆかりさんが私をどう思っているかわかりません、けど、」
「ストーップ!」

 驚きに目を丸くしている間に奈々ちゃんの手をゆかりからバリッと引き剥がし、それをサッとゆかりの手の中にしっかりと収めてギュッとした。

「ん。よし」

 そして握ったまま、ぶんぶんっと二回大きく縦に振る

「奈々ちゃんの気持ちはよーくわかった」

 さらにぶんがぶんがと激しく上下に振り続ける奥で、奈々ちゃんが明らかに困惑の表情を浮かべてた。

「けどそんな奈々ちゃんを、おもしろそーに見ている人がいるからそのへんにしとこーか」
「へ?」

「あ、いや。どぞお構いなく」

「いや、由子もうそれ手遅れだから」

 そそくさと柱の影に隠れようとした親友を言外に「こっちへ来い」と促す。
 たまたま通りかかったのだろう。同じ会社に所属してれば稀にそんな可能性もあるかもしれない。たまたま今日に重なったのは、この場合幸運ととるべきなのか、それとも逆ととるべきか。
でもゆかりがどうとか言う以前に、またしても固まることとなってしまった奈々ちゃんは、真っ赤したまま、近づいてくる先輩こと堀江くんを呆然とした表情で見ていた。

「えっと水樹さん、ごめん」
「そんなことないよ! 全然、あはははは!!」
「ゆいたんこれから仕事? 打ち合わせかなんか?」
「ううん。もう終わりー」
「ほんじゃお茶でもしよーよ」
「いいけど……お邪魔じゃない?」
「奈々ちゃんはこれからお仕事だもん。ねー?」
「……しくしくしく、いいもん。私これからありますから、ひとりでも、行ってきますもん……」
「あははは、じゃね。奈々ちゃんばいばーい」
「はぁーい、お先に失礼しまぁーす。堀江さんもお疲れ様です、お先です」
「うん、逆だけど、水樹さんガンバ?」
「ありがとうございます。それじゃ」

 ぺこぺこと何度も頭を下げながら、バトンタッチで入れ替わるように奈々ちゃんはゆかりたちの所から別フロアへと向かうエレベーターに乗るべく、廊下を曲がり、すぐ、目の前から去っていった。

 なんというか、最初から最後まで小動物を相手にしているようなカンジだった。
いい子だよなぁ。

 ――などと思っているゆかりの、その隣に来た奴が実は訳知り顔で見守っておったらしいと聞かされるのはそれから30分もしな後の話だ。



************



「ほほう?」
「なにさゆいたん、その「ほほう?」とニヤニヤは」

 んなのさ、というゆかりの問いにゆいたんは、あの後一緒に入ったカフェでゆかりの前に座ってカップを置くと、何故か腕組みをしながら深々と頷いて「あたしゃ嬉しいよ。ううん、ちょっと寂しいかなぁ」なんて言った。妙に芝居がかったそれは一体どこのキャラなんだもしかしてこれはツッコミ待ちなのか? というよなベタベタな台詞を吐いて、ゆいたんはじぃーっとゆかりの顔を見つめてきた。

「なんか堀江さんのその顔すごーく落ち着かないんですけど」

 久々に直接会ってのお茶会だというのに、この親友どのといったら、よくわからないというか、煮え切らないというか。
 ぐるぐる胸の中でいやーんな気持ちになっているのもやだなー、なんて思ってたら、

「もぉー、そんな不機嫌そうにならないのー。よかったねって言ってるんだよ」

 よしよし、なんてゆかりの頭をなでなでしてきた。ああ、久々の感触。思わずうっとりしちゃう……じゃ、なかった。懐柔されてるし。

「はぁ? それこそ意味わかんないよ」

 なでなでされながら、さっきから意味のわからないことばっか言ういうゆいたんに文句を言うと、親友どのはあははって笑いながら目を細めて

「それって結局、水樹さんと両想いってことでしょ」

 と。

「は……?」

 何気なくしてた話題。ゆいたんの友人でもある奈々ちゃんとの話は、思いもしない変化球となり

「だってゆかりたんは水樹さんのこと大好きなんだから。ほら、両想い」

 親友の得意げに告げられた口からとんでもない角度で、革新的な感想が告げられた。
 それはゆかりの中にあった、何かの感情へスコーンとストライクを持っていく。
 腑に落ちた? なに、これ? え、わかんないわかんない。
 冗談で、仮定で、面白半分のノリの設定で思ってたつもりの話だったけど、マジか。

「もしもーし? ゆかり、帰っておいで?」

 呆然と(愕然とか?)してしまう。いや、マジか。

「こりゃあ重症かもしれませんねぇ」

 ニヤニヤしてる親友を目にしていても、その反面で頭にちらつくあいつの顔。

『ゆかりさんが、好きです』

 ゆかりの頭の中では二度言うどころか、そこの部分だけがズコーンッと鐘で打たれて響き渡るかのようにしてうぉんうぉんと、ぐるぐると、ジンジンと、何度も繰り返されている。




*********


「ただいまぁー……」

 普段はそんな言わない、自室への帰宅の挨拶を誰もいない部屋に吐き出した。
 ノロノロと吐いてたパンプスを脱いで、揃えるのも億劫になりながら、まあいっかと玄関に放り出す。
 なんか、色々、ごっちゃんごっちゃんだった。
 それは出かける前に残しておいたこの部屋の中とかそういう事ではなく、持っていたはずの大前提がひっくり返されたという、現実に結局追いつききれなかった自分についての話で。

 奈々ちゃんはゆかりの事が大好きだ。
 それは結局正しかった。
 わかっていたはずのお話なのに、ゆかり本人が気づくより先に気付いた由子が指摘してこなければきっと、この先もきっと私の中でなあなあで終わっていたんじゃないかっても思う。日本語おかしいけれど。

 じゃなきゃわかんないもん!

「あーもう! なんでこんな気持ちになんなきゃなんないの?」

 最後は強く出てきたくせに、人がきたらやたらと素直に退きやがった事が気に入らない。
 ゆかりの中をこうも簡単に占領していきやがったことが気に食わない。
 肝心な所は自分で幕引きを図ったってのは、後から後から自覚に変わりつつあるさ。なんなら思ったよりも前に出てこられて存在大きくしてったくせに、広がった緊張に反してあっさりとされて、そんな構ってもらえなかったひがみかもしれないけど……

「あーもうっ! ――奈々ちゃんのクセに生意気だ!!」

 何度も自分の中で繰り返されてしまっている告白がなかなか抜けて行ってくれなくて、ゆかりはひとりきりの部屋に、今となっては絶対本人にぶつけられそうもない気持ちとなってしまったものを、吐き出した。
 あくまで“ゆかりが奈々ちゃんに惚れられている”というのが前提の話だった。
 そこに“ゆかりが奈々ちゃんを好きだった”なんて追加条件がつくだなんて思ってもみなかったわけで、果たしてそれはどちらが先だったのかって話になると、全然これは教育してやる云々の話ではなくなってしまう。
 ううん、認めてやるわけにはいかない。

 絶対にゆかりからは言ってやらないんだから。
 こんな、奈々ちゃんの事ばっか考えてるなんて、言ってやらないんだからなーー!

「ばかーーーー!!」

 叫んだら、ゆかりの中までも“あったらしい”ものが確信に変わっちゃった。はっはぁーん、だけど認めてやんないもーん。
 ゆかりの、ゆかりによる、奈々ちゃんではなくゆかり自身のための教育方針。

「既読スルーとか普通にしてやるんだからね」

 ――とりあえず、今日はちゃんと充電しておいてやろう。ほら、災害とか急になったら困るし。

「別に期待とかしてないですけど。防災意識なだけですけど」

 この日ゆかりのつぶやきは、ある所からの反応が降ってくるまで延々と続いた。

 聞いてはあげるよ? でも認めてやるのとそれとこれは別の話ですから。
 この話、終わりっ! 以上!! オヴァー?!!



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