第二十七話 大逆転

エピソード文字数 2,978文字

 修理が険しい顔つきに変わる。

「監禁場所はすぐにバレると思っていた――が、解放は無理だ。貴様らの戦力で愛喜に勝てるわけがない」

 すると煉は懐から大きな髪飾りを取り出した。

「面識があるようなので、これが証明代わりになるかもしれませんね」

 それは愛喜が髪に飾っていたもので、奴隷商人エルフ会の商標をかたどった品だ。

「そ、それは……愛喜の髪飾り!? 馬鹿な! いったいどうやって?」

 顔を引きつらせる修理に対し、煉はわざと全員に聞こえるよう声を張り上げる。

「さっき聞いたでしょう? 拳聖のご子息だと。彼の傷はその時のもの。なにせワーウルフとストーンゴーレムを素手で殴り倒したのですから」

 その瞬間、森の方を警戒していた闇の熊全員の視線が才吉に集まった。

「なっ!? 素手だと!? そんな馬鹿な……人間わざじゃない!」

 動揺を隠せない様子の修理に、煉はこう言い放つ。

「それこそが拳聖たる所以(ゆえん)。我々とは格が違うのですよ」

 才吉は煉の話に合わせるかのように、キメ顔のまま動かない。だが、内心恥ずかしさが込み上げていた。

(うーん……煉さん、持ち上げすぎ)

 ディアーナが呆れているような気がして横目にチラッと見ると、なぜか彼女までもがドヤ顔で鼻息を荒くしている。
 煉の勢いは止まらない。

「ひとつ間違いを指摘しましょうか?」

 そう言って人差し指を立て、煉は続ける。

「あの煙、村が燃えているわけではない。ただの狼煙(のろし)です」

 修理の顔から血の気が引く。額から流れ出る汗は暑さのせいだけではないだろう。

「どういう意味だ、狩野煉!」

 顔を引きつらせる修理に射貫くような視線を向け煉は答える。

「こういう意味ですよ」

 煉は颯爽(さっそう)と立ち上がり、何かの合図を出すかのように右手を掲げる。

 その瞬間、周囲の森全体がまるでひとつの巨大な生き物のごとく動いたように見えた。
 だがそれは目の錯覚。
 その正体は、茂みから一斉に立ち上がったエルフの兵士たちであった。
 その数はゆうに二百を超え、才吉たちを包囲する闇の熊をさらに大きな円で幾重にも取り囲んでいる。およそ半数は純白の鎧、もう半数ほどは漆黒の鎧を身に纏い、手には弓や槍などを構えている。
 整然と統率された動きは正に軍隊だ。
 闇の熊はもちろんのこと、才吉とディアーナまでもが金縛りのように動けなかった。
 才吉はふと、その一角に明らかに毛色の違う集団がいることに気付く。
 彼らは弓矢をつがえ、憎しみのこもった目を闇の熊へと向けている。
 才吉は直感した。

(あれは、ダークハーフエルフか?)

 その時、エルフ兵の中からこちらへと歩み出る四人の男の姿があった。

「やっほー、煉。何とか間に合ったよ」

 軽薄そうな印象のタレ目の男は、何かの紋章が入った白いガウンを羽織っている。

「手間をかけたね、リヒャルト」

「何を言うんだい。ぼくと君との仲じゃないかぁ」

 その会話を聞いた修理の顔色がみるみるうちに変わっていく。

「リ、リヒャルトだと!? なぜこんなところにホワイトエルフの第三王子がいる!?」

「なんだと! どうなってる、修理?」

 闇の熊のゴロツキどもを束ねるリーダー、ブラッドベアの豪胆さを持ってしても困惑する事態だ。
 煉はそんな修理たちを無視するかのように、会話を続ける。

(まさ)からの伝書は届いたみたいだね」

「うん。島では大変だったって書いてあったよ。ぼくも父上に許可もらうまでは兵を動かせなかったものだから、いやーゴメンねー」

 そう言ってリヒャルトと呼ばれた男はニコニコしながら才吉とディアーナに手を振った。

(はは、全然威厳を感じないけど……。本当に王子なのか、この人?)

 修理が煉に食って掛かった。

「なぜだ! なぜ貴様らが知り合いなのだ? そんな情報どこにもなかったぞ!」

 煉は淡々と説明する。

「それはそうでしょうね。第三王子の留学は国の最重要機密ですから。州立学校で彼の正体を知る人間は、校長を除けば一部の友人だけですよ」

「りゅ、留学だと? 馬鹿な……」

 修理は力なくその場に座り込んだ。

「どうやら、敵の計略の方が一枚上手だったみてえだな」

 そう言いながら赤毛の男は巨大な剣をヒョイと持ち上げる。才吉はその何気ない動きに男の膂力(りょりょく)の強さを感じた。

(やはりこいつ、かなりの腕力だな)

「無理だ、リーダー! 勝ち目がない!」

 そう告げる修理に続いて、煉が問いかける。

「彼の言う通りですよ、森の熊のリーダーさん。リヒャルトの両隣の方々をご存じないのですか?」

 才吉はリヒャルトたちへと目を向けた。
 両脇の男たちはそれぞれ白と黒の鎧を身に纏っているが、その装飾は他の兵士よりも立派なものだ。
 白い方はショートスピアを持ち、黒い方は左手にバックラーをつけ腰からショートソードを下げている。どちらも武人の気配を漂わせ、立ち振る舞いにスキが無い。

「舐めるな小僧。それくらい知っている。白い森のワルターと黒い森のヴィルヘルムだ。それと森の熊じゃねえ、闇の熊だ、この野郎!」

 誰も反論しないところを見ると、ブラッドベアの答えは正しいようだ。

(察するに、森の部族のリーダーってところか。しかし……この状況で言い間違えをする煉さんの神経も計り知れん)

 才吉はそんな風に理解しながらも、実はリヒャルトの背後に立つ仮面の男が一番気になっていた。男は腰に才吉も見たことのある武器――刀を下げている。

(見た目からしてエルフではなさそうだが、王子の護衛かな? 何となく両隣の二人より強そうだな)

 武を志す者としての勘がそう告げていた。

「森を二分する大部族のリーダーが顔を揃えているのです。遠那国で言えば州軍部を相手にするようなもの。それがわかっていながら、抵抗しようというのですか?」

「戦いで死ぬのが武人の誉れってもんよ。俺らの流儀に口出すんじゃねえ」

 煉の忠告も聞かず、ブラッドベアは抗戦の構えだ。

「ふむ……いいでしょう。では、その流儀とやらに付き合おうじゃありませんか。ただし、あなたと私の一騎打ちでだ」

 才吉は驚愕した。

「そんな! 無茶だ、煉さん!」

 続けてディアーナやリヒャルトも抗議の声をあげる。

(なぜだ! 戦力はこちらが圧倒している。どうして一騎打ちなどに持ち込む必要があるんだ?)

 才吉は何とか煉を説得しようと必死で考えを巡らせる。
 すると煉はひとこと「大丈夫」と言って、ディアーナに向き合った。

「ディアーナさん。あなたと私の父、そして村人たちの無念、託してもらえますか?」

 色々な想いが込み上げたのか、ディアーナは肩を震わせ涙を浮かべながら黙って頷く。

(ああ、そうか……これは彼らにとって、けじめなんだ)

 才吉もリヒャルトもそれ以上は何も言えなかった。

「けっ、面白れぇ! 勝てる戦をみすみす手放すとはな。後悔するなよ、小僧!」

 そう言って禍々しい笑いを浮かべるブラッドベアは、血に飢えた野獣のような殺気を放っていた。
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