第十話 魂が還る処

エピソード文字数 3,293文字

ここでも魔女の力は偉大だった。洞窟内に足を踏み入れてから少しもすると、やたらと気性の荒い蝙蝠や、殻に覆われた奇妙な虫たちと対峙することとなったのだが、彼女が炎を見せつけた途端、立ち向かってくる者は一匹たりともおらず、誰もが道を譲ってくれた。
このまま立ち止まる事なく、再び入口の光を拝めることが出来るかもしれない。しかしオリビアのその想いは届かなかったようだ。易々と過ごせていた道中だったが、ある地点に来たとき、ふとグリンデの足は止まってしまった。
「……入口が開いておる」
入口。オリビアは、彼女の言う、その言葉の意味が分からなかった。
口で伝えるより、実際に見せてやったほうが、わかりやすいだろう。グリンデは付近の壁を手のひらの炎で照らしだした。
照らし出された黒く滑らかな岩肌に、言われなければ気付かない程度だが、膝くらいの高さの低い場所に、岩が少し飛び出た個所があった。グリンデは手の平の炎を消し、その飛び出た岩に両手をかける。彼女がその岩を強く押したと同時に、足元に大きな振動が伝わり、そして重いものを引きずるような音が辺りに鳴り響いた。
ただでさえ、音が響く環境である。おまけに灯りは、輝きの花だけがつくる、心細いものだけだ。この行動は自然なものだろう。オリビアは身体をグリンデに寄せた。
「安心せい。ちと驚くかもしれんがな」
少しの笑みが含まれた、グリンデのその言葉はあまり意味を持たなかった。オリビアの想像を超えた出来事はすぐに訪れてしまったのだ。
「うわ!」
その大声は無意識に放たれた。無理もない。目の前で大きな岩が動き、隣にあった通路をふさいでしまったのだから。
「ははは!予想以上の反応でありがたい事よ」
生き物たちが反応する可能性を恐れなかったのは、やはり魔法の力を持つ者としての奢り故か。今度は甲高い笑い声が洞窟内に響きわたった。
「こ、これは何が起きたのですか!?」
辛うじて腰を抜かしてなくて良かった。オリビアは少し顔を赤らめながらグリンデに問いた。返ってきた彼女の声には、未だにに微かな笑みを含んでいる。
「驚いたか?こんなの見たこともなかろう。これはゴブリンの力よ」
「ゴ、ゴブリン?」
ゴブリンの存在は教えても取るに足らない。グリンデは迷いなく答えたが、その答えに対し、オリビアは首を傾げるしかなかった。
「子供の頃、聞かされたりせんかったか?我の時代から、よく昔話に出ておったが」
もちろんその名は聞いたことがある。緑色の肌に、尖った耳。背が低く、大きなこぶの出来た木の杖を持った亜人なら、子供の頃に読んだ絵本によく出てきた。違う。自分が問いたいのはそれではない。
「そんな童話の世界の住人などいるわけがない、とでも言いたそうだの」
そう。私が言いたいのはそれだ。オリビアは強く頷いた。
「奴らは本当に存在していたのだよ。この洞窟も奴らがつくったと聞いておる」
グリンデは、先程、大きな音をたてた、あの通路を閉ざした岩にそっと手を触れ、話を続けた。
「おんしにも姿かたちは伝わっておろう。ゴブリンどもは背が低く、いくらそのなりの割に力があるといっても、凶暴な森の生き物には敵わんかった。集団を形成し、力を合わせて洞窟に住んでおったそうだ」
グリンデの細く滑らかな指先が岩肌をなでる。
「洞窟で生活するうち、数を増やしていった奴らは、より広い生活の場を求めた。しかし洞窟の外には、危険が多すぎた。やはり洞窟の中にそれを求めるしかなかったのだよ。元々、小柄の割に力が強かったのもあってか、すぐに切削の術を身につけおった。どんどん岩を掘るうち、その力は精度を増し、あの大きな岩を動かし、外敵から身を守れるまでになった。……我にはそう伝わっておる」
まさかそんな話が。疑いはしたが、岩を動かすきっかけを作った壁の突起は、たしかに人がつくるには低すぎる位置にあった。
……ゴブリン。よく聞かされた童話では、彼らはいたずら好きで、人に悪さをする存在として登場していた。この先の道中で現れて、自分たちの邪魔をするのだろうか。不安そうな表情から察したのか、まるで心を読み取ったかのようにグリンデがそれに答えた。
「安心せい。我が生まれるずっと前に奴らは姿を消しておる。勿論我も見たこともない。言っておろう。聞いておる、とな。仮に密かに生きて残っておっても、用はない。欲しいのはこの地下に咲く花だけよ」
誰からゴブリンについて聞いたのだろう。一瞬オリビアの頭に疑問がよぎったが、今一番気になるのはそこではない。
「……花。それはやはり秘薬の材料なのですか?」
「勿論。奴らの葬儀場にそれは咲いておる」
「そ、葬儀場?」
「あぁ。それは元々地下深くの洞窟に咲く花で、おんしの持つ輝きの花のように、淡い光を放っておるのだがな。その姿を魂に見立てたのか、ゴブリンどもの葬儀でとても重宝されておったようだ。奴らは自分らの葬儀場の祭壇の周りにそれを育てておったようで、この洞窟の深部にわんさか咲いておるのだよ。ただでさえ珍しい。わざわざ当てずっぽうで、そこいらの洞窟に潜るより、ここから何輪か失敬しようと思うてな」
葬儀場の花を持ち帰る。そんな罰当たりな、とオリビアは思ったが、グリンデの言うように、当てずっぽうで洞窟を探るより、全然効率がいい。それに人類の運命がかかっているかもしれない、そう思うとそんな生温い事は言ってはいられないのだろう。
「ちなみにこの洞窟は【ドロネアの洞窟】と古くから呼ばれておるが、ドロネアとはゴブリンらの言葉で『還る』という意味があるらしい。 “魂が還る処”として、ここは生活空間というより、祭儀場として使っておったのかもな」
「魂が還る処……」
グリンデは、にやりと口角を上げた。
「目に見えんだけで、もしかしたらここいらにも死人の魂がうろついておるかもしれんぞ。それに伝説とされておる我だって生きておった、ゴブリンどももまだ生きておるかもしらん。おんしの後ろにある、岩の陰に潜んでおるやもしれんぞ」
やはり堪えられずにはいられなかったようだ。グリンデの口から、もはや恒例となった冷やかしが飛んだ。
「や、やめてください!」
ただでさえこんな薄気味悪く、冷気に覆われているのに、余計に鳥肌がたつ。特に、後ろに潜んでいるかもしれない、という言葉は強烈だった。オリビアは背後を気にしながら、グリンデの服の袖を強く掴んだ。
「ははは!どうする?ここで旅をやめるか?」
「は、早くその花を摘んで帰りましょう!」
オリビアのその怯えた様子を見て、再びグリンデの高らかな笑い声が洞窟内に反響した。
グリンデは「どこだったかの?」と、わざと先ほど岩を動かした突起を見失ったふりをしようかと思ったが、流石にのんびりはしてはいられない。彼女は少し物惜しそうに、その突起を押し、通路を開けると、怯えるオリビアに急かされ、暗闇の奥へと足を進めた。

いつも通り、余裕を醸し出しているかのように見えるグリンデだが、やはり彼女の頭の中で、一つの大きな疑問が消えることはなかった。
どうしてあの岩の扉が開いていたのか。本来、この洞窟の存在がたいして人々に知り渡らなかったのは、あの岩の扉が塞がれていたが為に、ただのありふれた小さな洞窟だとしか認識されなかったことが大きい。その扉が開いていたという事は何を意味するのか。そして微かに残る、最近付いたと思われる、小さな生き物による出口に向かう痕跡。扉が開いていた事で、いつもより神経が尖っている事もあってか、グリンデはその微かな痕跡を見逃してはいなかった。
この先に何かが待ち受けているとでも言うのだろうか。まさか黒羽族の残りがこの洞窟の奥に潜んでいるのか。それは限りなく低いものだと予測できたが、ないとは言い切れないだろう。
しかしここまで来て帰る訳にもいくまい。
グリンデが発する炎の揺らめきは、主の真剣な眼差しをしっかりと照らし出していた。背中に隠れるようにして歩いていたオリビアは、その表情に気づく事ができずにいた。
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