第1話 我が家族、愛犬パピとの日々

文字数 2,000文字

 その子がやってきたのは自分が高校生位の時だった。当時の自分は犬嫌いで犬を飼うことに反対だった。犬というものは攻撃的だと思っていたし、噛みつくことも多い生き物だと思っていた。父方の祖母の犬に噛まれて以来そう信じていた。
 パピがやってきたのはそんな中であった。当初、パピの方が怯えていて失禁していたのを憶えている。犬の飼い方が解らない自分はとりあえずケージに入れておけば安心だと考えていた。翌朝、ケージを脱走して部屋中を糞尿塗れにして必死に逃げ出そうとしていたパピの姿を今でも憶えている。ある程度成長していたとは言え、身体の洗い方など慎重にしていた。華奢な身体だった。
 パピは最初外に出るのも怖がった。だから抱きかかえて慎重に慣れていくのを待った。リードを買い、外で散歩し出すとぐんぐん引っ張って散歩する様になった。パピは強かった。大きな犬相手にも怯むことなく過ごしていた。
 時に自分はその頃、人間関係の失敗により、精神疾患を患ってしまった。不治の精神病、統合失調症である。幻聴に悩まされ、一年休養した。端的に言うと引きこもりになってしまったのだ。
 そんな時でもパピは散歩に行きたがった。それが自分にとって救いだったのだ。散歩をしていると同じ犬を飼っている人同士の繋がりが強くなる。そうやってパピは自分と社会を繋いでいてくれたのが救いだったのだ。
 やがて自分は大学に合格して遠方に行くことになった。パピと離れるのは寂しかったが、キャンパスライフは楽しかった。その頃からキリスト教に傾倒していくことになる。初めの内は神の不条理さに神そのものに疑念を抱いていた。だが、教会で習うにつれ、キリストの語ろうとしていたことのスケールの大きさに気付いていった。
 ただ、キリスト教に入信するには一つ抵抗があった。動物には天国の門は開かれていないという教理である。少なくとも正統性を掲げる教派はその見解で一致していた。
 パピに救いはないのだろうか? ならば自分が創ってしまえば良い。人間も動物も救いに与れる教理を。理想を掲げながらも上手く行かず、遠方の地で就職してからパピは徐々に齢を重ねていった。親と仲良くない自分にとって居所はパピだけだった。
 やがて祖母が倒れた。母が介護することになった。そしてパピも老齢の為、障がいを患ってしまう。この頃の母はパピだけが救いだった。味方が誰もいない母にとってパピは大切な宝だったのだ。
 遠方にいる自分に出来るのは祈ることのみだった。もちろん、治療費を出せるだけ出した。だが、祈り虚しくパピは日々衰弱していくのみだった。電話で伝え聴いたことだと前頭疾患もかかり歩くのも困難な日々だった。
 ただ、パピの救いは母に看取って貰ったことだと感じる。
 自分は何も出来なかった。最期に祈れたのはせめて天国にいけることを祈った。
 パピが死んでから不可思議なことが起きた。これまでうまく行かなかった万物救済論と正統教義の正統性が少しずつではあるが一致した形になったのである。やがて、小教理が完成した。
 だが、これもプロテスタントには受け入れられないものだ。旧約聖書外典を引用しているからである。
 だが、それもある日、解決した。第二マカバイ記に頼らずとも新約聖書内の言葉で解決できることに気付いたのだ。神学は広大無辺、無限の可能性を秘めたものだと感じた。
 パピよ、天国にて元気だろうか? きっと元気だろう。祖父とも仲良かった。パピのお陰で自分は社会生活を送れる様になった。恩返しは出来なかったのはごめん。でも、忘れない。今はパピの死に向き合い切れてないと思う。あれから祖母の介護の為、実家に戻ったよ。本当はパピの時に戻れれば良かったな。
 でも、パピがいてくれたから友人にも恵まれたよ。パピがいなくて本当に寂しいけれど、ありがとう。パピがいなかったら自分は今でも引きこもりをやっていたと思う。生活は赤字だけど働くことが出来るようになったのはパピのお陰だよ。自分が辛い時、パピが支えてくれたから耐えることが出来ていたんだ。

 パピのお陰で自分は人になれたんだ。

 そして、『全てに救い』が生まれたんだ。
 世界の可能性にも気付いたよ。『少年』から授かったこの教えを自分は無償で人々に広めて行きたい。自分を踏み台にして皆が皆、新しい発想ができる世の中の一助になれば幸いだよ。

『ただで受けたのだから、ただで与えなさい』

 神がこう言うならただで返そう。パピも『全てに救い』も自分のものではない。神のものだ。

『神のものは神に』

 そして、いつか又会おう。自分の生が終わるその日に。死にたくなる時は多々ある。
 でも、パピは必死に生きたんだ。皆、必死に生きているんだ。だから自分もあがいて前を向こう。
 いつか又会えると信じて。

―了―
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