第1話

文字数 2,000文字

もうずいぶん以前になりますが、霊能者という商売をやっていたことがあります。
相手が悩みや相談事を話す前にズバズバと当ててみせたりしていましたので、評判が良かったです。
いや私は別に霊感が強いというわけじゃありません。そもそも霊なんてものこれっぽちも信じておりませんから。

悩み事なんて人間関係の問題、お金の問題、健康の問題、そして自己実現の問題、この4つのいずれかですよ。
優秀な霊能者というのは、顧客の言葉や態度などからその4つのいずれかを判断して、その人の聞きたい言葉を語るのです。
私は強力な霊能力の持ち主として知られておりましたし、かなり稼いでもいたのですよ。
なんでその商売をやめたのかって?それを今からお話ししましょう。

その日、私の霊能占いブースに現れたのは、初見の客で年のころは20代前半のとても美しい女性でした。
彼女は不安げで、きょろきょろと周辺に視線を送り、ときどきピクリとして体を硬直させたりしていました。
このタイプは何度も相手したことがありますので、彼女が目の前の椅子に腰かけると同時にこちらから先に話しかけました。

「見えるのですか?」

こういう曖昧な問いかけも一種のテクニックです。
彼女がこの問いかけの意味がわからずきょとんとした表情を見せた場合のセリフも用意しているのですが、このときはヒットでした。
彼女は一瞬かわいらしい目を丸くしました。

「驚きました・・そうなんです。霊が見えるのです。先生はそれをお見通しなのですね」

一介の占いコーナーの霊能者を「先生」などと呼ぶということは、彼女はおそらく育ちの良いお嬢様でしょう。
これは上手く扱えば上顧客になってくれる・・・私はそんな打算を働かせました。

霊が見えると主張する人は珍しくありませんし、その手の相談は何度も受けていました。
私は霊の存在などまったく信じておりませんので、霊が見えるのは霊視能力などではなく病的なものであると考えています。
しかし私は精神科医ではありませんので、特に危険な兆候が見当たらない限り客に上手く話を合わせ満足を与えてお金をいただきます。

「私、自分に何か憑いているんじゃないかと思うのです。ときどき鏡に映る自分の背後に人影が見えるのです」

「いちおう念のために確かめておきましょう。霊視して悪い霊なら除霊しましょう」

私はそう言うと目を半眼にして両手の掌を彼女の頭部にかざしました。
ゆっくりと、そして自信に満ちた声で語ります。

「・・・女性が見えます。黒くて長い髪の女性があなたの背後に・・何か無念の死を遂げた女性です」

言うまでもありませんが、私に霊視能力などありません。
面白い事ですが経験上、客が背後霊が見えるという場合7割くらいは女性でしかも長い黒髪の持ち主なのです。
これが外れだった場合の受け答えもちゃんと用意してありましたが、この時もまた正解でした。
しかしこの後が私の霊能者人生でも初の予想外の展開になってしまったのです。

突然、彼女の眼球がぐるりと裏返り白目になりました。
美しい顔が苦し気に歪み、別人のような悍ましさです。
そして体が最初は小刻みに、やがで大きくガタガタと震え始めました。
その振動は私と彼女を隔てているテーブルまでも揺らしています。
そして野太い声で叫び始めました。

「おおおお!!おまえには私の姿が見えるのかあああっっ・・・」

不味いことになったと思いました。
彼女は暗示にかかりやすいかったようで、すっかり悪霊憑きになっています。

「除霊だとおっ?私をこの女から追い出すことが出来るというか。やれるものならやってみるがよい」

彼女が両手を上げて天井に向かって甲高い叫び声を上げると、照明のいくつかが音を立てて破裂しました。
屋内なのに嫌な風が吹いてきましたし、今日は晴れていたのに外からは雷鳴まで聞こえます。
後ろで順番を待っている客もおりましたから、みんな怯えてまさに阿鼻叫喚です。参りましたよ。
しかし私もプロですから、タダで除霊するわけにはいかない。
そこで彼女に向かって言いました。

「除霊はお望みであればいたしますが、別料金が発生します。30万円ですがよろしいですか?」

彼女の目がくるっと元に戻りました。

「え、30万円ですか?」

「はい、30万円です。カードも使えますがどうします?」

彼女は小さな声で言いました。

「・・いえ、結構です」

彼女は見料の5000円だけ支払って帰って行きました。

結局除霊はやらなかったのでそれは良いのですがね、どうやら彼女のが私に憑いちゃったみたいなんです。
その日以来見えるんですよ。たとえばあなたの後ろに立っているその人の姿とかが。
本当に見えちゃったり霊の存在を信じてたんじゃ仕事になりません。これが私が霊能者をやめた理由なんです。
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