第五話 海よ、よみがえれ
文字数 1,442文字
僕とフラが繋がる。膨大な量のデータが流れ込んできて、思考が途切れそうになる。
灯火がスクリーンへと変化した。地平線へ、シェルターへ、空へ、フラが持っていたデータが画像となってあふれる。
緑がかった青い大きな水たまり。ノイズのような音と共に行き来を繰り返す、白い飛沫。
(これが、海)
壊れていく思考の中で僕は、人間だったら感動に溜息を漏らしていたかもしれない。
それほど海は美しかった。輝いて見えた。フラの瞳と同じような青さと、清々しいほどまでの緑色。白い飛沫と二色のグラデーションが織りなす光景は、今まで見たどんな景色よりも素晴らしいものだと思えた。
けれど、きちんと光景を映し出せたのは二分ほどの間くらいだ。その間 にどれだけの人が海を見てくれただろう。わからない。
僕が消えていく。
僕という存在が焼き切れ、瓦解していく感覚はどうにも形容しがたい。痛みもなく、ただ己が崩れていく。壊れていく。
なんの音もしない。暗闇が全てを制する中、それでも遠くから一点の光が見えた、気がした。
焼き切れたはずの電脳に、声が響く。ノイズみたいな音もする。
「バカね、タロウって」
<……フラ?>
「そう、あたし。フラよ。無茶しちゃって、何考えてんの」
<ごめん>
「許してあげる。友達だもの」
光は一つの姿となった。そしてフラの形を取る。黒い短髪にいつものセーラー服。そこにガスマスクはない。
彼女の背後には海があった。優しい笑顔を浮かべ、フラは僕の意識――と呼べるようなものへと近付いてくる。
「綺麗でしょ、海」
<うん。この音……ノイズにも似てるけど違うね>
「潮騒っていうの。水の行き来は波」
<凄いよ。こんなものがこの惑星にずっとあったなんて>
「当然のようにあるものが不意に消える、なんて思いもしなかったでしょうね。昔の人も」
フラは意地悪そうに唇を歪めた。それから首を振り、僕を抱き締める。
温もりというものは感じない。体温というものを僕は知らない。それでも、どこか心地いい。
<どうして僕たち、また出会えたんだろう>
「さあね。フェリに電脳を繋げてもらったんでしょ? だからじゃないの」
<論理的じゃないなあ>
「野暮よね、タロウって。どうだっていいことを考えても時間の無駄」
そうなんだろうか。ちょっとよくわからない。
でも、フラにまたこうして会えて話せたのは、人間の嬉しい、という感情に値するものだと僕は思う。
海があり、フラがいて、僕もいる。それだけがこの空間の真実だ。きっとそれは、電脳空間では味わえないリアルなんだろう。
「行きましょ、タロウ」
<どこへ?>
「海へ」
手を広げ、フラが海を指す。
波の向こうにはまた別の光があり、太陽とは違う柔らかな明かりが射し込んでいた。海は続いている。その光の奥まで。
<うん、行こう>
僕は声を上げた。何があるかは知らない。何が起きるかもわからない。それでも、フラと一緒ならどこまでも歩いて行ける気がした。
フラが僕を抱えて歩き出す。素足で浜辺を踏みしめ、濡れることもいとわずに海の中へと入っていく。
僕の意識も、フラの意識も、一緒くたになって海へと消える。
――潮騒に、溶けゆく。
(We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re smiling!)
(We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re happy!)
【完】
灯火がスクリーンへと変化した。地平線へ、シェルターへ、空へ、フラが持っていたデータが画像となってあふれる。
緑がかった青い大きな水たまり。ノイズのような音と共に行き来を繰り返す、白い飛沫。
(これが、海)
壊れていく思考の中で僕は、人間だったら感動に溜息を漏らしていたかもしれない。
それほど海は美しかった。輝いて見えた。フラの瞳と同じような青さと、清々しいほどまでの緑色。白い飛沫と二色のグラデーションが織りなす光景は、今まで見たどんな景色よりも素晴らしいものだと思えた。
けれど、きちんと光景を映し出せたのは二分ほどの間くらいだ。その
僕が消えていく。
僕という存在が焼き切れ、瓦解していく感覚はどうにも形容しがたい。痛みもなく、ただ己が崩れていく。壊れていく。
なんの音もしない。暗闇が全てを制する中、それでも遠くから一点の光が見えた、気がした。
焼き切れたはずの電脳に、声が響く。ノイズみたいな音もする。
「バカね、タロウって」
<……フラ?>
「そう、あたし。フラよ。無茶しちゃって、何考えてんの」
<ごめん>
「許してあげる。友達だもの」
光は一つの姿となった。そしてフラの形を取る。黒い短髪にいつものセーラー服。そこにガスマスクはない。
彼女の背後には海があった。優しい笑顔を浮かべ、フラは僕の意識――と呼べるようなものへと近付いてくる。
「綺麗でしょ、海」
<うん。この音……ノイズにも似てるけど違うね>
「潮騒っていうの。水の行き来は波」
<凄いよ。こんなものがこの惑星にずっとあったなんて>
「当然のようにあるものが不意に消える、なんて思いもしなかったでしょうね。昔の人も」
フラは意地悪そうに唇を歪めた。それから首を振り、僕を抱き締める。
温もりというものは感じない。体温というものを僕は知らない。それでも、どこか心地いい。
<どうして僕たち、また出会えたんだろう>
「さあね。フェリに電脳を繋げてもらったんでしょ? だからじゃないの」
<論理的じゃないなあ>
「野暮よね、タロウって。どうだっていいことを考えても時間の無駄」
そうなんだろうか。ちょっとよくわからない。
でも、フラにまたこうして会えて話せたのは、人間の嬉しい、という感情に値するものだと僕は思う。
海があり、フラがいて、僕もいる。それだけがこの空間の真実だ。きっとそれは、電脳空間では味わえないリアルなんだろう。
「行きましょ、タロウ」
<どこへ?>
「海へ」
手を広げ、フラが海を指す。
波の向こうにはまた別の光があり、太陽とは違う柔らかな明かりが射し込んでいた。海は続いている。その光の奥まで。
<うん、行こう>
僕は声を上げた。何があるかは知らない。何が起きるかもわからない。それでも、フラと一緒ならどこまでも歩いて行ける気がした。
フラが僕を抱えて歩き出す。素足で浜辺を踏みしめ、濡れることもいとわずに海の中へと入っていく。
僕の意識も、フラの意識も、一緒くたになって海へと消える。
――潮騒に、溶けゆく。
(We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re smiling!)
(We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re happy!)
【完】