恋愛サンかシカク

文字数 4,867文字

 男二人、女二人からなる中学生四名の仲良しグループが、冬休みのある日、揃って遊びに出掛けた。遊びにと言っても、土地柄はかなりの田舎。たいした施設がある訳でなし、山や川に繰り出すのがお決まりだった。代わり映えのしない日常が、冬ともなれば、たまに雪のおかげで劇的に変わる。その日も雪化粧を施されていく自然の中へと、彼ら彼女らは飛び込んでいった。
 だが。
 冬の雪には慣れているつもりの四人だったけれども、このときの雪はいつもとはいささか異なった。
 一時的に止んでいたのがまた降り始めると、そのままずんずんずんずん積もっていく。自分達の足跡や尻餅の穴があっという間に分からなくなることに、一人が気付いた。
「これはやばいかも」
 谷中哲人(たになかてつと)がマフラーを巻き直し、皆に注意喚起をする。彼の言わんとすることをすぐに察した岩原友美(いわはらともみ)が、これに続く。
「早く帰った方がよくない?」
 残りの二人の方を見ながら言うと、内一人が手のひらで雪を受け止めつつ、首を傾げた。
「そうかあ? これくらいならまだ平気だろ」
 倉田益男(くらたますお)はたいていの場合、楽観的な態度を取る。そんな彼の性格を掴んでいるためかどうか、もう一人の女子、妹尾鈴(せのおりん)がたしなめ気味に言う。
「平気かもしらんけど、普通より勢い強いのは間違いないわ」
「ちょっと強いくらいなら、平気平気」
「いやいや、ちょっとは警戒しなさいよ」
 あとから思えばこの時点で、誰か一人でも行動を起こして帰り始めていたら、残りの三人もついていった可能性が高い。ぐだぐだと議論だか雑談だか分かりづらいおしゃべりに時間を費やしてしまったのは、大きな痛手となる。
「汗かいたから、結構寒くなってきた」
 岩原の言に、倉田は宗旨替えをした。彼が「それなら帰ろう」と言い出したことでようやく下山に向けて、きびすを転じた一行だったが……時すでに遅し。天候は数分後には横殴りの猛吹雪になり、視界がほぼ効かなくなる。道も雪のせいで他の地面と区別しづらくなり、いつしかルートを外れていた。
 そして当然現れた下り斜面に、四人は気付かず、相次いで滑り落ちていく。幸い、坂の角度は比較的緩く、高さも五メートルくらいだったので、命に関わるような事態には陥らなかった。とはいうものの、四人はほぼ一列になって歩いていたため、斜面の下では折り重なった。結果的に四人全員が怪我を負い、下山が難しくなってしまったのである。
「冗談にならないわよ。こんな、地元の山で、そ――」
 遭難、という表現は飲み込んだ妹尾。不安をさらに煽ってもしょうがないと思ったのもあるが、それ以上に岩原の様子が目に入り、気になったのだ。彼女は立ち上がろうとして、途中で崩れ落ちるようにしゃがみ込み、今では両足を投げ出すようにして苦しそうな表情をしている。
「友美ちゃん? もしかして足」
「挫いたみたい。みんなは動ける? 動けるのなら、助けを呼んできてもらうことになるかも」
 岩原の問い掛けに皆、自分自身をチェックし始める。事故に遭遇した興奮が落ち着いてくると、感じていなかった痛みやしびれが襲ってきた。
 全員共通なのは、身体のあちこちの打撲。加えて妹尾は両手のひらを酷く擦り剥いている。倉田は頭部から額に掛けて血が筋を引いている。谷中は両腕がしびれて、動かせる範囲が普段に比べて狭くなっていた。
「まずいぞ」
 谷中が悲観的に言った。彼の手には、携帯端末が握られている。
「みんなの電話の電波状況は?」
「え?」
「あまり大事(おおごと)にしたくなかったから電話を躊躇っていたけど、こうなったらどうしようもない。掛けようとしたら、つながらないんだ」
 泡を食った他の三人が、震える指先で端末を操作するも、つながらないのは谷中と同様だった。無論、ネットもつながらない。
「どうしよう……?」
 不安の声は、強まる雪や風の音で今にもかき消されそうだ。
 谷中が「まともに下山できそうなのは?」と今度は前向きに、明るく尋ねる。彼の質問に対して、誰も首を縦に振れなかった。岩原は言うまでもなく、倉田も頭が痛んで平衡感覚が怪しい。妹尾は手からの出血だけと言えなくもないが、四人で一番この山に詳しくない。一人では迷う恐れがある。そして谷中自身は、ちょっと歩いてみて首を捻った。両腕をいつも通りに使えないと、山を下るのは意外に難しいと実感した。
「とりあえず、血が出ている人は止血だ。岩原さんの足首も固定した方がいい」
 早速取り掛かったが、指がかじかんでうまく行かない。
「先に寒さを凌ぐ方法を考えるべきかも」
 岩原がしかめ面で提案した。
「といわれも……雪に穴を掘るか? そこまではまだ積もってないよ」
「小屋が……あるはず」
 頭痛のためか口数の減っていた倉田が、小声で言った。
「小屋があるなんて初耳だ。どこ? 今の僕らで辿り着ける距離か?」
「多分、行ける。ただ、名前がおっかないんだぜ」
 気を紛らわしたいのだろう、倉田が口元を緩めて言う。
「ずばり、おばけ小屋って言うんだ」

 倉田の言うおばけ小屋は、四人が怪我をした場所からは五十メートル、高さにして十メートルほど進んだ地点にあった。そんな距離でも四人にはきつかったが、協力し合って、十分近く要して到着。幸い、鍵は掛かっていなかった。
「おばけ小屋じゃなくて、単なる何にもない小屋って感じ」
 ハンカチ越しにドアを押し開けた妹尾が、そんな感想を漏らした。小屋の中は、およそ六メートル四方の四角い部屋のみ。暖房器具や囲炉裏の類はなく、毛布すら用意されていないようだった。比較的動ける妹尾と谷中が探してみて、蝋燭とマッチ箱がやっと出て来たくらい。しかもマッチ箱の中にマッチは三本だけという有様。
「すぐに火を着けなくてもいいかな」
 小屋に入っただけで、外とは大違いだった。隙間風は少し感じるものの、寒さはしのげそう。とにもかくにも応急手当を始める。道具がないので、手持ちのハンカチなどを使うしかない。
「暗いのは平気? 私は一人だとだめだけど、みんなといれば何とか」
 足首を固定してもらい、どうにか膝立ちで動けるようになった岩原がふと聞いた。一つしかない窓から見える景色はすでに暗くなり出していた。
 妹尾が「私も」と同調し、倉田の方を見る。
「おばけ小屋なんて言われたから気になったけど、由来を知らないのなら我慢できる」
「知ってたら口走っていたな、俺」
 苦笑のあと、眉間にしわを作る倉田。頭に巻いたタオルは若干赤くなり、痛々しい。
「問題は深夜だ」
 谷中が肩を回そうとしつつ、言った。
「冷え込んできたら小屋の中でも辛いかも」
「寝たら死ぬぞってやつ?」
 本気なのか冗談なのか、岩原が聞く。
「さすがにそれはないと思うけど。もし仮にドアが吹き飛ぶとか屋根に穴があくとかしたら、分からないな。そのときは壊れたドアに火を着ける?」
 聞かれた谷中も冗談を交えた。数時間後の真夜中、形を変えて現実になるなんて思いもせずに。

 うとうとしていた四人の意識を引き戻したのは、ガラスの割れる音だった。真っ暗で、外はまだごうごうと吹雪いている。だから推測するしかないのだが、窓ガラスに何かが当たって割れたようだ。その証拠に、一気に冷えてきた。
「みんな無事か?」
 幸い、窓の下で休んでいた者はいなかった。
「やばいっ。まじで寝ない方がいいかもよ?」
 頭痛はましになった倉田が、歯をかたかた言わせつつ自身を抱きしめる。寒い。他の三名も似たようなものだ。
「寝ないようにするには他のことに集中すればいい」
 まずは蝋燭を灯して床のガラスを注意深く片付けた。すぐに済んだ。次に蝋燭の火に当たろうとしたが、隙間風のせいでじきに消えてしまった。残りのマッチはまだ取っておくと決め、闇の中で過ごす。
「しゃべろう。ただの雑談じゃ寝るかもしれないから、眠れなくなるようなことを」
「眠れなくなるって、怪談?」
「やめてよ!」
「じゃあ、びっくりするようなことを言い合うか。大声を出しても疲れるだけだから、内容で驚かすんだ」
 谷中の提案に、岩原が「はい!」と挙手した。
「順に好きな人を言うのはどう? 芸能人とかスポーツ選手じゃなく、リアルなやつね。緊急事態で助かるか分からないんだから言っとくべきじゃない?」
 とまたもや本気か冗談か分からぬ言い種をする。しかしこのフレーズにより、全員がその気になった。
「では言い出しっぺの君からどうぞ」
「そう来ると思った。だから決心はできてる。私が好きなのはあなたよ、谷中君」
「僕?」
 言われた当人だけでなく、倉田や妹尾もざわついた。変な空気になるのを避けようと、谷中が言葉をつなぐ。
「嬉しいけど、悪いな、岩原さん。僕の好みは妹尾さんなんだよ」
「ええ?」
 今度も妹尾のみならず、みんなしてざわざわ。
「えーっと、あのー、私も嬉しいことは嬉しいんだけど……でも、一番好きなのは」
 妹尾は言葉を切ると、倉田をちらと見た。そしてすぐに逸らし、「倉田みたいなタイプが好き」と少しぼかして答えた。
「ちょ、ちょっと待て。まじ?」
 ひときわ動揺が大きい倉田。
「何よ、嬉しくないの?」
「い、いや。嬉しいよ。ただ、このあと俺が答えたら、冗談みたいに聞こえるのが心配で」
「ん? てことは」
「そうだよ、俺は岩原さんが好きなの」
「ええー?」
 何と、四人全員が片思いだと分かった。

 予想外の状況に全員、しばらく口をきけないでいたし、身じろぎ一つできなかった。それでも顔がぽかぽかして、寒さ対策にはなった。でもそれは一時的。何もしないでいると眠気が復活し、寒さも感じ始めた。
「できる範囲で身体を動かそうぜ」
 倉田が割と唐突に言った。それならと谷中が話をつなげる。
「さっきの打ち明け話を聞いて、ぐるぐる回るイメージが浮かんだんだ。だからみんな動けるようなら、部屋の四隅にそれぞれ陣取り、たとえば僕からスタートして次の隅にいる岩原さんの背にタッチする。岩原さんはそれを合図に次の隅を目指し、辿り着いたら順繰りに次の人、倉田の背にタッチ。これを続ければずっと動くことになるし、眠くなってもタッチで目が覚める」
「なるほど」
 異論なし。問題は動けるかどうかだが、一番心配された岩原も膝立ちなら一人で動けた。
「よし、やってみよう。タッチの順は今言ったのでいいよね?」
 想いを寄せる相手に触れてもらうのが、一番気分よく回れるに違いない。

 真っ暗闇の中、もう何周したか分からない。効果はてきめんで眠気は飛ぶし、寒さも我慢できるレベルだ――と満足していた発案者の谷中だったが、繰り返す内に、何かがおかしいと思った。
(ABCDの四人が部屋の四隅abcdにそれぞれスタンバイし、一人が一辺分を移動、次の人にタッチしていく。Dがaに着いたとき、そこにAはいないぞ? Aはbに移動したんだから。それなのに僕らはずっと続けている。そんな、まさか、もうひと――)
 小屋の通称を思い出した。おばけ小屋。
 谷中は自らが動く番のときに、密かに蝋燭とマッチを手に取った。そしていきなり火を灯した。
 友達の「え、何?」「どうした?」という声を無視し、小屋内部を照らす。
 谷中は自分達の他にもう一人いる、そいつがおばけじゃないかと想像していた。
 だが、五人目の姿は見当たらない。谷中は困惑を覚えたが、じっくりと観察して「あ!」と声を上げた。不思議な事態の理由が、それにおばけ小屋の意味も分かったのだ。
「みんな、これから変なこと言うが、冷静でいるように」
「はあ?」
 谷中は蝋燭を部屋の中央に置いた。
「よく見て。四角形だった部屋が三角形になっている」
「!!!」

 おばけ小屋のおばけたる所以を嫌でも実感した四人だったが、翌朝、無事に救助された。悪いおばけではなかったらしい。むしろ、四人の仲をより強くしてくれたと言える。
 尤も、恋愛関係については逆にややこしくしてくれた。四人が四人とも、片思いではないもう一人の異性に対し、満更でもない感情を抱くようになっていたのだから。
 当分の間、カップルが固定されることはなさそうだ。

 終わり
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み