第2話 ヤモリと人

文字数 1,269文字

 ヤモリは漢字では「家守」と書くように、家に潜む害虫を捕食することから、(いにしえ)より家を守ると考えられ、縁起の良い生き物として親しまれている。
 両生類のイモリ(漢字では井戸を守る「井守」と書く)とは違い、ヘビやトカゲと同じ爬虫類だ。ヘビ、トカゲのイメージからかあまり好かれないようだが、人に見つけられるとすぐに隠れてしまう臆病な生き物で、もちろん危害を加えることも毒性もない。ヤモリが食べるのはクモ、ワラジムシ、ゴキブリ、シロアリなどの人にとって害のある虫ばかりなので、快適な住まいを維持するには有難い存在だ。
 「家の守り神」として奉るのを風習としているところもあるようだ。この「家を守る」という人間本意のとらえ方が「幸運」や「金運」をもたらすという開運物語に発展し、特に白いヤモリは金運の象徴とされているようだ。
 ヤモリは、ただの住獣として存在しているだけではなく、自らの本能に従って行動することを通じて、家に住む人たちに対して益をもたらす、何らかの役割を果たす関係に立っている。しかも、好むと好まざるとにかかわらず、あるいは気づく気づかないにかかわらず、何らかのつながりをもって存在しているのだ。
 爬虫類や両生類が大好きな人にとっては、愛玩すべき対象としてのつながりができるだろう。ヤモリの存在を通じて親しい人たちとの会話が弾むことにもなるやもしれない。「家の守り神」と信ずる人にとっては、崇める対象としてのつながりができるだろう。妻のように見ただけでぞっとするような人にとっては、ヤモリ自体は嫌悪の対象としてつながることになるが、それに立ち向かう武勇伝が親しい人たちとの会話を弾ませることになるだろう。
 ヤモリは、家に住んでいる人たちの心にできるつながりと関係性の相互作用の対象の一つ、つまりは「家」という場所の一つとして存在しているのだ。

 つながりと関係性と言えば、さらに深い話もある。
 38億年と言われる生命の進化の歴史を遡れば、ヒトである哺乳類もヤモリの属する爬虫類も、あるいはゴキブリのような昆虫類であっても、それぞれが共通の祖先から枝分かれして進化してきたのだ。
 生命活動を営むために4つの塩基からなるDNAを持ち、そこに書かれた遺伝情報を元にタンパク質をつくる仕組みも持つ。そのタンパク質には共通の20種類のアミノ酸を使うというような共通した特徴も持っている。私たちのDNAの中にはヤモリと共通したDNAもあるのだ。つながりと関係性がない訳はない。
 ゴキブリやネズミなら、人が快適に住まうという視点からは、負の相互作用が起こるので、つながりと関係性があると言っても、やはり駆除するか追い出す以外にないだろう。
 しかし、ヤモリは人には益こそあれ害になることはない。家族や友人などと同じように、持ちつ持たれつの良好な関係を維持していくのがよかろう。
 などと呑気な結論を夢想していると、その傍らで心にいる妻の声が聞こえてくる。
 「そんなこと言ったって、気持ち悪いものは気持ち悪いのよ!」
 まあ、とりあえずは黙っておくのがいいだろう。
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