目的地なんてない

文字数 1,999文字

 優希(ゆき)はオレの幼なじみ。
 可愛いし性格がいいから、演奏を聴きに来てくれるたびに楽屋は騒がしくなる。

 そんな優希から恋の相談を受けた。
「まだ私の片思いなの。その人は遠い存在だし」
「優希をそんなに悩ませる男って、いったいどんなヤツ?」
「修司と同じベーシスト。でもすごく面白くていい人なの。まだ会ったことはないけど」
「なんだそれ?」
「SNSで知り合ってから一年以上メッセージ交換してる。修司(しゅうじ)は恋愛経験豊富だから、こういう時どうしたら良いか教えて欲しくて」
「オレは会ったこともない相手に恋するなんて考えたこともないな。それにその男、会った途端に野獣に豹変するかもしれないよ。優希はけっこう可愛いからさ」
「またそういう心にもないことを言う」と睨んだ顔がまた可愛い。「でも、中身が紳士だったら見かけは野獣でも私は構わない」

 今までに付き合った子は十指に余る。そんなオレが、もしいつか結婚するなら優希みたいな子が良いと思うようになったのはいつ頃からだろう?
 いつの間にかオレも片思いになってしまったらしい。

 高校の二年先輩で、オレが師匠と呼ぶ早田さんがライブハウスに来てくれた。打ち上げの後、居酒屋で先輩に相談した。
「オレ、片思いしてるみたいなんですよ」
「モテ男のお前が片思いって、そりゃまた珍しいね」
「モテ男は大袈裟ですよ。前に一晩だけの相手から『まるで息を吐くように好きって言葉を口にする』って言われたことはあるけど。ほんとに心から好きだって思える相手に今まで会ったことなかったから」
「それって初恋じゃない?」
「そうなりますかね」
「それにしてもおめでたい奴だなぁ」と先輩は苦笑した。「オレはこの顔だしさ。いつも告白しては玉砕してるから、お前の半分でも顔が良かったらって正直思うよ」
「先輩は味があっていい顔してると思いますよ。ステージではカッコいいし」
「それは何度か言われたことあるけど……」
「ところで先輩、ネットとかで親しくなって、顔も知らない相手を好きになるなんて信じられますか?」
「お前の好きな子ってもしかして?」
「まさか! 実はオレの幼なじみがSNSで知り合ったヤツに片思いしてるみたいで。危ないから止めとけって言ったんだけど、結構ガチで好きみたいだから」
「恋に恋するってやつかな。熱病みたいなものだったら、実際に会ったら一気に醒めるんじゃないの?」

 優希がオレに頼み事をしてきた。
「この間話した片思いの相手に初めて会うことになったの。でもちょっと怖いから一緒に来てくれない? もし変な人だったら修司を彼氏だって紹介するから」
 それがきっかけで本物の彼氏になれるかもしれない。オレは二つ返事で引き受けた。

 オレは約束の時間より少し早く待ち合わせの場所に着いた。そこで偶然先輩に遭遇した。
「早田さん!」
「修司! この間はお疲れ」
「こっちこそ、相談に乗って貰ったのに奢ってもらっちゃって。ごちそうさまでした」と礼を言った。「ところで、先輩はなんでここに?」
「待ち合わせ」
「奇遇ですね」
 そこに優希が現れた。時間ピッタリだ。
「この人が前に話してたオレの師匠ね」
「はじめまして」と優希は深々と頭を下げた。「修司がお世話になってます」
「こちらこそ」と先輩も軽く頭を下げた。「もしかしてこの子が?」
「あ、その話はともかく……今日は彼女がその片思いの相手とここで待ち合わせしてるんで、オレはその付き添いです」
「人前で片思いの相手って……」と優希はまたオレを睨んだ。「デリカシーがないなぁ」
「ごめん。でもさ、お互いに顔を知らないのにどうやって会うの?」
「携帯を鳴らすことになってるの」と言って優希はスマホを手にした。「どうしよう。なんか緊張する」
「オレが代わりにかけようか?」
「いや。ちゃんとかけるから」
 優希が画面にタッチした。すると次の瞬間、先輩のポケットでスマホが鳴った。
「もしもし?」
「え? どういうこと?」
「君がエルサ?」
「マーカスさん!?」と驚いた優希はすぐに顔をほころばせた。「修司の先輩で良かった!」

 二人は途端に意気投合してオレの知らない話をずっと続けている。
「映画のチケット二枚しかないんだけど」と言った先輩はオレを気遣ってくれた。「修司は一緒じゃなくて良いのかな?」
「オレは用事があるんで、これで」
「ごめんね」と言いながら優希は嬉しそうに笑っている。
 本当は用事なんてない。オレも同じ映画のチケットを二枚持っていた。でも一人で観るのはあまりに惨めだ。
「それじゃ」
「今日はありがとう」
「おぅ。楽しんでおいで」
「うん」
「先輩、この子オレの幼なじみなんです。もし泣かすようなことがあったらぶん殴りますから」
 別れ際にそれだけは言えたが、オレは目を合わせることが出来なかった。
 二人の姿が見えなくなった途端にオレは全力で駆け出した。目的地なんてない。ただ一刻も早く二人の側を離れたかった。

     (了)


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