第4話

文字数 1,615文字

「ここで会ったのも何かの縁。少しこの世界を案内するよ。どこにいきたい?」
柿崎は驚いた。思ってもみない幸運だった。思わず顔がほころびそうになったが、彼はぐっとこらえた。
「…ありがとう。鏡があるところに行きたいんだ。」
「鏡?またどうして?」
「一応、自分の姿をチェックしたくて…」
「大丈夫、十分格好いいよ。」
嘘でも嬉しかった。
「ありがとう。でもやっぱり自分の目で確かめたくてさ。」
「わかった。そこの百貨店の1054階のトイレにおっきな鏡がある。まずはそこに行こう。」
「1054階!?エレベーターでも登るの大変そうだなあ。」
「クスッ、何言ってるの?ここは仮想世界だよ?瞬間移動すればいいじゃない。」
「そ、そっか。」
「じゃあ行こう!」

二人は百貨店の中に入った。中には多くの人がおり、買い物を楽しんでいた。柿崎は彼らが仮想世界に来た背景が気になった。皆、魂の不可逆性への恐怖を乗り越えて移住してきたのだろうか?それとも、現実世界でよほど辛い思いをしたのだろうか?あるいは…
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
「ああ、ごめん。」
「あのバス停みたいなマークが見える?」
真白は案内板を指差した。
「ああ、あれね。」
「この世界ではあのマークが瞬間移動可能領域の標識なの。この領域のこと、みんなはバス停って呼んでる。」
「どこにでも瞬間移動できるわけじゃないんだね。」
「セキュリティ上の理由から、それは禁じられているの。というか、そういうふうにシステムが実装されていると言った方が正しいかな。さ、あっちへ行きましょう。」
二人は案内板の標識に従って、バス停へと向かった。

バス停は、その名のとおり、現実世界のバス停のような形をしていた。
「外で見たのと同じだ。あれは瞬間移動可能領域だったのか。」
「そうだよ。人が急に現れたり消えたりしてたでしょう?」
「なるほど。で、俺たちはここから1054階までひとっ飛びするわけだ。教えてくれよ、どうやって瞬間移動するのか。」
「強く念じるだけだよ。」
「これも念じるだけでいいのか。なら簡単だね。」
「いい?『強く』1054階って念じるんだよ?たまに念じ切れずに体の一部だけ瞬間移動しちゃう人もいるんだからね?」
柿崎は少し怖くなった。
「その場合、助かるのか?」
「システム管理者に連絡すれば助けてもらえる。でも、この世界じゃ瞬間移動の失敗はとても恥ずかしいこととされているの。だから、気をつけてね。」
「わかった。じゃあ行こう!」

1054階、1054階、1054階…柿崎は強く念じた。すると、目の前が真っ暗になり、ロード画面が現れた。今度はプログレスバーが数秒で満たされた。そして、気づけば柿崎は別のバス停にいた。バス停の看板を見ると、そこには1054階と書いてあった。
「1054階…成功だね。」
横から真白が話しかけてきた。
「本当に大丈夫?どこか欠けてない?」
柿崎は少し心配になった。
「あ、目と口の位置が逆になってる…」
「なんだって!?」
「冗談だよ。大丈夫。完璧だよ。」
「からかうんじゃないよ!よかったー、冗談で。」
「ふふふ。あ、トイレはあっちだよ。」
「ありがとう。」
二人はトイレへ向かった。

トイレは、現実世界の百貨店にあるようなものと同じ外観をしていた。
「じゃあちょっと行ってくるよ。待ってて。」
「分かった。」
柿崎は男子トイレに入った。中には大きな手洗い場があり、その壁面が鏡になっていた。柿崎は鏡に映る自分の姿を眺めた。良いところも、悪いところも、そっくりそのまま再現されていた。ちょっとぐらい修正してくれてもいいのにな…コンプレックスであるどこか子犬を連想させるような鼻を見ながら、彼は苦笑いを浮かべた。

「お待たせ。ちゃんと確認できたよ。」
「それは良かった。じゃあ次はどこへ行きたい?」
「そうだなあ。亜衣のお気に入りの場所に行きたいな。」
「分かった。怖がりな健人にぴったりな場所があるよ。行こう!」
真白はまた、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
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