第1話

文字数 6,408文字

「ねぇ、あなたはこの世界で生きていける?」
それは入学して一月経った頃のことだった。
教室はワイワイと賑やかで、僕も学校に慣れてきて楽しく過ごしていたのだが……
そんな時に突然僕の席に近づいて来たクラスメイトの少女が声をかけてきた。
「……え?」
僕は思わず間の抜けた声を出してしまったが彼女はそんな僕を見てさらに言葉を続けてきた。
「この世界は生きていくには辛すぎない?そう思わない?」
彼女はクラスの女子の中で少し浮いた存在の美人だった。
黒髪のストレートヘアと整った顔立ち、それに制服の上からでも分かるスタイルの良さは男子の注目を集めるには十分なものだった。
そんな彼女が僕と二人きりで話をしているということはそれだけ注目を引いたが、僕はそんなことお構いなしに彼女の口から飛び出した言葉に釘付けになった。
「え!?えーっと……」
(いきなり何を言い出すんだろうこの子……)
「……この世界で生きていくのは辛い?」
僕が返事に困っていると彼女はさっきより少し大きな声でそう言ってきた。
「……はい?何?」
(いきなり何言ってるの?)
「ねぇ、あなたはこの世界で生きていける?」
彼女は少し語気を強めてまたそう聞いてきた。
「……は?」
僕がそれに戸惑っていると彼女は少し悲しそうな顔をしたので僕は思わずこう言っていた。
「まぁ、生きていけると思うけど……」
「ふーん、そうなんだね」
それを聞いて彼女は何故か少し安堵したような表情をして呟いた。
「それじゃあ、今からあなたのアカウントを凍結するわね」
「は!?」
(なんでいきなり!?)
僕がそう言うと彼女はまた少しだけ悲しそうな顔をして僕にこう告げた。
「あなたがこの世界で生きていけるのなら私はそれを尊重したいの。でもね、この世界を生きていくのが辛いのなら……悪いけどアカウントを凍結させてもらうわ」
僕が呆気に取られて何も言えずにいると彼女は僕に向かって右手を差し出してきた。
その右手には白と黒のクラシックな形の機械が嵌められていた。
「ほら、早くしなさい」
「え?え?」
僕が混乱していると彼女はまたも少しだけ悲しそうな顔をして言った。「私はあなたに……、お願い、私の手を取って」
彼女はそう言って僕の手を力強く掴んだ。
僕はわけがわからないままにその手を握った。
その瞬間に自分の中に何かが流れ込んでくる感覚を感じた。
そしてそれが終わると彼女はこう言った。
「……あなたのアカウントは凍結されました。これから先、この世界で生きていくことは難しいでしょう。それでも私はあなたを応援してるわ……じゃあね」
そう言うと彼女は教室を出ていってしまった。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!アカウント凍結ってどういう……」僕が彼女に問いかけようとしたその瞬間に僕の手首が光った。
「え?」
(何これ?)
僕が困惑していると突然頭の中に機械的な声が響いた。
『ワールドスコアが上昇しました』
「は?」
(え?なにこれ?どういうこと?)
『あなたの社会貢献度は0から1に変わりました』「え?なんで?」
(僕のアカウントは凍結されたはずじゃ……)
僕が呆然としているとまた頭に声が響いた。
『あなたのワールドスコアが10万を超えました』
「はい!?」
(さっきからなんなの!?意味分かんないんだけど……)
僕は何が何だかわからず混乱していた。
すると次の瞬間にまた頭に声が響いた。『あなたの社会貢献度が15万を超えました』
『あなたのワールドスコアが25万を超えました』
『あなたの社会貢献度が40万を超えました』
『あなたのワールドスコアが50万を超えました』
『あなたの社会貢献度が60万を超えました』
『あなたのワールドスコアが70万を超えました』
「ちょ、ちょっと待ってって!!」僕が困惑の中で叫んでいると今までのそれとは違う別の声がこう響いた。
『不正なプログラムを検知しました。規約に違反する行為があった為、アカウントを一時停止処分します。なお、規約に違反する行為が繰り返される場合、または政府が必要と判断した場合には予告なくアカウントを削除する場合があります。』
そう言い終わると今度は、右手に刺すような痛みが走りふと目をやると…
『96:00 一時停止解除まで』
「この数字は…?」
どうやら96時間経たなければアカウントを再使用することができなくなったらしい。
まずいことになったぞ…
これがないと何も買うことが出来ないし、公共の交通機関を利用することもできない。防犯上、自分の家もアカウントと紐付いているから帰ることもできない。
これからどうしていけば…
あまりの出来事に思考が止まりそうになるが、そうは言ってられない。どうにかしなければ。
とりあえず彼女を探して事の詳細とアカウントの凍結解除の方法を聞き出そう。
そう思い立ち、僕は彼女の行方を追う事に決めた。まずは彼女のアカウントのIDを確認して居場所を探さなければならない。そう考えた僕は、手を掴まれたあの時の流れ込んでくる感覚の中に彼女が持っているIDも一緒に頭の中にイメージとして入り込んできたのを思い出し、自分の身体に埋め込まれているサスティナブルデバイスのID検索機能欄から入力した。
良かった。凍結されていても検索機能は使えるみたいだ。
すると彼女の位置が頭の中に浮かんできた。どうやら学校からは出ていないらしい。
位置情報は2Fの図書室を指していた。なんでそんなところに…とりあえずそこへ向かうべきだろう。僕は急いで今いる5Fの教室から図書室へと向かった。「はぁ、はぁ」
息を切らしながら僕は図書室の扉を開いた。
図書室内には本棚が列になっており、中には沢山の本が置かれていた。
そんな本棚の間を歩き回りながら探していると見覚えのある姿を見つけた。図書室の隅にあるテーブルに彼女が座っていたのだ。
「はぁ、はぁ、いた!ねぇ、ちょっと!!」
僕が彼女に声をかけると彼女はこちらへと向き直り、何食わぬ顔をしてこう答えた。
「……何かしら?」
「ねぇ、さっき僕にしたアカウント凍結の解除方法を教えてよ。困るんだよ、このままじゃ」
僕がそう言って詰め寄ると彼女は少し怪訝そうな様子を見せた後にこう答えた。
「……それは出来ないわ。だって、さっき言った通りあなたみたいな人がこの世界で生きていけるとは思えないから」
「どうして?僕だって普通に生活していくことができるはず……」
「無理ね。この世界に生きる資格の無いあなたのアカウントを凍結した理由、それは『悪意』よ。あなたは明らかに私利私欲で人を傷つけようとした。それでアカウントを凍結したの。あれは不正な行為、決して許されてはいけないわ」
彼女は僕の目を真っ直ぐ見てそう言った。
(悪意?僕が一体何をしたって言うんだ……)「それは誤解だ、僕は何も悪い事をしてなんかいないよ!第一、君に何の権限があってそんなことを!」
「いいえ、嘘よ。あれは悪意以外のなにものでもないわ。あの時あなたは……」
そう言って彼女は僕が過去犯したという罪について説明しだした。
ある放課後、帰宅しようと急いでいた私はある違和感を感じた。自分のサスティナブルデバイスから自分のアカウントにログインできないのだ。
(なにこれ……まさか…?)
不思議に思いログイン画面からIDを入力しつつ自宅へと走っていると、前から三人の男達が近づいてきて私にこう言った。「おい、お前俺たちの女になれ」
「え?どういうことでしょうか……」
突然のことに戸惑う私を他所に男の一人が続けてこう言う。
「なぁ、いいだろ?俺達さ、ちょっと頼みてぇことがあるんだよなぁ。手伝ってもらえると助かるんだけどよぉ」
「何よそれ、意味わかんない」
「まぁ、別に良いんだけどな。無理矢理やらせて貰うからよぉ」
そう言うと男たちは私に近づいてきた。私は咄嗟に逃げ出したがすぐ追いつかれ捕まってしまった。「放して!」
そう叫ぶ私の口を塞いで男達はこう言った。
「なぁ、別に大したことじゃねぇよ。ちょっとアカウントを使わせてもらうだけだ」
「ほら、これを見てみな」
そう言うとリーダー格の男が私に自分のサスティナブルデバイスを通して頭にイメージを送ってきた。
「!?」
(私のアカウント?なんで……)
そこには私のアカウントと思わしきプロフィールが表示されていた。
「俺達さ、欲しいものがあるんだけどそれを買うためにスコアが必要なんだわ」
「だからよぉ、お前んとこのアカウントを使ってスコアをちっとばかし分けてもらおうと思ってな」
「でもよぉ、セキュリティの問題で本人が最初に設定した6桁のパスコードを入力しないといけねぇんだわ。」
私は困惑した。自分のアカウントが勝手に使われていることもそうだがそれよりもまず、自分以外のサスティナブルデバイスが自分のアカウントにアクセスしようとしても必ず弾かれるようになっているはずなのだ。それなのに何故…
「何故、アカウントにアクセスできたのかって顔だな。なんでだと思う?」
そう聞くと男は不敵な笑みを浮かべ、こう続けた。
「へへっ、そりゃ簡単な話だ。お前、昨日までアカウントを凍結されてただろ?そのせいで一時的にサスティナブルデバイスとの通信と紐付けが解除されていたからなのさ。再ログインの際には全てリセットされてまた再設定しなおす必要があるからな。」
「あー、良かったよ。この穴のあるシステムのおかげでお前をぶん殴って身体に埋め込まれたサスティナブルデバイスを奪うなんて荒々しいことせずに済んだんだからな」「さっさと、パスコードを教えれば何も暴力を振るったりなんてしねぇよ。アカウントも返してやる。まぁスコアをいただいた後にだがな。」
「変な気を起こしたりするなよ。通報しようとしても、俺だけじゃなくお前が今している不正もバレて今度は凍結どころじゃなくワードアウトになるかもな。」
確かに私のアカウントは昨日まで凍結されていた。
私はスコアを上げる為に、禁止されている個人間でのスコアの売買という不正を行っていた。
それを知らない誰かに通報され、政府にバレてしまい凍結状態になったのだ。
そして、今も別の罪を犯している。
それも知られているとは。
でも、この世界で上手く生きていくためにはしょうがなかった。
バレていないだけで他にもやっている人は沢山いた。
あぁ、どうしてこんなにもこの世界は生き辛いのだろう…
私はその時、初めてこの世界が窮屈に感じた。そして同時に自分がしてしまった行為がどれだけ重大な事だったのかを理解した。
確かに、彼らの言う通り通報すれば私の犯している罪もバレてしまい私は間違いなくアカウントを凍結され二度とこの世界で生活できないだろう。いや、アカウント凍結以上に重い罪として裁かれるに違いない。永久にこの世界とは隔離されてしまうかもしれない。
その時、私はこの世界に生きる資格を失うのだ。
まだ私にはやらなければいけないことがある。だから、ここで終わるわけにはいかない。
「わかった……教えるわ」
私は覚悟を決めてそう言った。
「おっ、意外とあっさり教えてくれるんだな」
そう言って男達は感心したような表情を浮かべた。「もちろん、教えるわ。でもその前に……」私は彼らに向かってこう言った。「取引をしましょう」
そう言うと男達は怪訝そうな顔をした。
「取引だ?一体どういうことだ?」
「まず、あなた達が私を脅して手に入れようとしているアカウントは本物じゃないわ」
私の言葉を聞くと男達はハッとした様な表情をした後、私にこう尋ねた。
「おい、まさかお前……複数のアカウントを持っているのか!?」
彼らは驚きのあまり言葉を失っていた。
驚くのも無理はない。
何故なら、本来であればこの世界では産まれたときに埋め込まれるサスティナブルデバイスに一つのアカウントしか紐づけられないのはもちろんのことアカウントの作成も一人につき一つと政府により定められておりセキュリティ上複数のアカウントを所持することはできないはずなのだ。そんなことができるのは……「そうよ、私は複数のアカウントを所持してる。だから、そのアカウントは貴方たちにあげるわ。ただ、その代わりにお互いのそれぞれの不正の件は黙っていることと今後一切関わりを持たないこと、それでどう?悪い話ではないと思うのだけど。」
男は少し考えた後こう答えた。
「なるほど、話は分かった。だがそれは流石に無理だ。そんな話信用できねぇ。どうせハッタリだろ?第一どうやってアカウントを持っている数を誤魔化すんだ?」
「疑ってるようだけど事実よ。それについては答えることはできないわ。ただ嘘はついていないとだけ言っておくわ。信じるか信じないかは貴方達次第よ。」そう言って私は相手の反応を待った。暫く沈黙が続いた後、リーダー格の男がこう言った。「分かった、その取引は受けよう。ただし、ただし、実際にそのアカウントを持っている証拠が欲しい。」
「いいわよ、取引成立ね。じゃあこれを見てもらえるかしら」そう言って私は自分のサスティナブルデバイスから男達に、所持しているアカウントのいくつかのリストとパスコードのデータを送った。するとそこには複数のアカウント情報とID、6桁のパスコードが書いてあった。男はそれを見て呟いた。「確かに複数のアカウントがあるみたいだな……だが、なんでいくつもアカウントを持っているんだ?」
「それは言えないわ。ただ、これだけは言っておいてあげる。今の私はこの世で二番目に特別な存在なのよ」
「へぇ、そりゃ凄いな……おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰らねぇと」
時計を見ると針は午後4時を指していた。窓の外を見ると既に日は沈みかけていた。男は帰ろうとするが私は引き止めて言った。
「ちょっと待って、最後に質問させて。このシステムの穴に一体いつどうやって気付いたの?」
男はこう答えた。
「あるルートからの情報だ。詳しくは言えねぇがな。だが、分かったところで手出しできねぇよ。何せ俺たちに協力してくれるのはそのシステムを作った政府の人間だからな。だから俺たちは自由に好き勝手やれるってわけさ」
そう言って彼らは帰っていった。
(なるほど、この国の上層部ね……)
それから、私は暫く考えたが答えは出なかった。
(まぁいいわ、今日はもう疲れたから家に帰って寝ましょう)
こうして私は家に帰ることにした。
これが私の運命を大きく変える出来事になるなんてこのときはまだ知る由もなかった。
翌日、学校へ行くとクラスメイトの女子達が何やら騒いでいた。
私は不思議に思いながらも自分の席についた。
すると、一人の女子が私に気付き話しかけてきた。
「おはよう、美亜ちゃん」彼女は私のクラスメイトで親友の結城綾乃だ。
「おはよう、綾乃」
「ねぇ、知ってる?昨日のニュース見た?」
そう言って綾乃は興奮した様子で話し始めた。
「ニュース?あぁ、そう言えば昨日は疲れてて帰ってすぐ寝たから見れなかったのよね……教えてくれる?」
私がそう言うと綾乃は私の話を遮ってこう答えた。
「あのね、最近話題になってる謎のアカウント不正利用事件なんだけど……」
そこまで言ったところで綾乃は急に黙り込んでしまった。
不思議に思い綾乃の顔を見ると何故か青ざめていた。
「綾乃?どうしたの?」
心配しながらそう聞いた後、今度は男子達が騒がしくなり始めた。
「おい、それってあの都市伝説のアカウント不正利用事件のことか?」
「あぁ、そうだ。確か、あるシステムの穴を突いて不正にスコアを獲得する方法があるとかないとかって話だろ?」
「確か、そのシステムの穴ってのが、政府がわざと作ったものらしくて俺たちじゃどう頑張っても絶対に見つけられないらしいぜ」
「マジかよ、それってヤバくね?」
そんな会話が聞こえてきた。
(システムの穴……それってまさか……)
昨日のことを思い出していると、綾乃が怯えた様子で私にこう言ってきた。
「美亜ちゃん……私のアカウント……ログインできなくなってる……」
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