第1話

文字数 5,962文字

コロナ禍を生きる・17歳の牧師だけど何か質問ある?

1.

わざわいが来る、わざわいが来る、わざわいが来る・・・

と、葉一が暗い顔をして、つぶやいた。

1999年7の月、人類は滅亡する・・・ことはなかったが、少なくとも2020年7月、この田舎町の某高校生が学校帰りの通学路、死んだような顔つきで歩いてることは確かだったわけで。

「・・・よ、葉一、何かあった?そんな顔して・・・」
「青い空!白い雲!こんなに夏の太陽はまぶしいのにっ!」
「はぁ」
「よしゅあ!お前は何とも思わないのかー!
俺たちの青春の1ページがっ!全てマスクに覆われてしまっているというのにー!!」
「はぁ」
「学校が再開しても、あの子も、あの子もっ!みんなマスクっ!!
高校最後のクラスで、せっかくまたさくらさんやゆりさんと同じクラスになれたというのに、やっぱりマスク!!!! そそ、それどころかっ!!」

葉一は俺とのソーシャルディスタンスを保ちつつ、飛沫がマスクを突き抜けそうな勢いで叫んだ。

「今年は夏休みも2週間のみ、更に水泳の授業も中止なんだぞー!!」

・・・そう。
コロナ禍での不自由な『新しい生活様式』は、俺たちの学校生活にも、それなりの影響を及ぼしていたり。

「さくらさんやゆりさんの貴重なスク水もっ!去年のキャンプから、更に今年はもっと仲良くなっちゃう?的なキャンプもっ!!全部ぜーんぶ、中止なんだぞー!!」

神も仏もない!!

と叫んだところで、葉一がこちらを見て「あ、やべっ」と言ったが。
・・・いや、そんな言葉でいちいち怒ったりもしないけど。

実は、俺の家はキリスト教の教会で。
もっと言うと、俺が、その教会の牧師をしている。
・・・17歳で。
(そのへん詳しくは『17歳の牧師だけど何か質問ある?』で)

去年の夏は、今そこで叫んでいる親友の葉一や幼馴染のさくら、クラスメートのゆりさん、教会員の樹太郎くんにひまわりちゃんにぼたんちゃん、そしてカナダから来ていたダリア。
みんなで教会でキャンプをして、夜はライブをして・・・。

そんなにぎやかな、夏。
確かに、今年もそんな風にできたらとは、俺も思ってはいたけど・・・。

「いや、みんな受験があるし、どちらにしても難しかったんじゃね?」
「よしゅあくーん、夢がなーい!!
お前は高校三年の青春のなんたるかをわかってなーい!!
自転車に二人乗りして朝日を見に行って、将来を語ったり、好きだー!と告白しあうような、正しい青春のありかたをー!!」
「・・・はいはい」

そんなことを話しているうちに、俺の教会―もとい、俺の家に到着した。
ここはほぼ駅前で、葉一はそこから電車に乗って帰るわけだけど。

「あれ?お前、帰らないの?」
「いや・・・考えたら、前は学校帰り、よくお前んち寄ってたからさー、久々におじゃましょうかな、と思ってさ!」
と言って、葉一は堂々と教会に入ってきて・・・絶句した。
「な・・・なんだこりゃ・・・」

教会の礼拝堂、座席ひとつひとつに取り付けられたパーテーション。
正面の講壇にも透明パーテーション。
床にもやたらと赤いテープが貼ってあり、どこでもソーシャルディスタンスが分かる安心仕様。

わかっている。ここまでしなくても・・・。
「てかさ、よしゅあの教会って、そんなに人きてたっけ?たしか、いつもの人数って・・・」
わかってる!わかっているが、みなまで言うな・・・(泣)。

俺の教会はこの田舎、やまのべ町にある唯一の教会で。
毎週日曜に来ているメンバーといえば、小学生のぼたんちゃんに、そのお母さんの椿さん、中学生のぼたんちゃんにその両親、そして教会の最年長、トラじーちゃんとタケばーちゃんに、
「そのとおりなんじゃ!葉一くん!!」
「ト、トラじーちゃん!」
トラじーちゃんが、講壇の影から飛び出してきた。
「あ、トラさん、お久しぶりっすー!」
「うむ。元気そうでなによりじゃのうー」
二人は去年のキャンプから仲良くなってたからか、にこやかに近況報告を始めた。
「いやいや、トラじーちゃん、何か用あった?
確か不要不急の用で教会に来るのは当分控えることになってたハズじゃ・・・」
「だから、それじゃ!以前のずーむ役員会議でそういうことに決まったがの!良く考えたら、たかが教会員十名未満の家族のような教会がそこまで厳密にする必要があったかと!ワシは!言いに来たんじゃ!」
「あと、手作りのふぇいすしーるどが沢山できたので、献品しに来たんですよ・・・」
と、タケばーちゃんもにこやかに登場した。
「だよなー!俺もフラッと入って来ちゃったワケだしさー、教会が不要不急で来たらダメとか、窮屈というか、そもそもこの空間、普段全くの無人でむしろ安全っぽいというか」
「そういう問題じゃないんだよ!もし、うちの教会でクラスター発生して新聞とかテレビで言われちゃって、この町にいられないとかなったらヤバいだろ!」
「うーん、よしゅあ君、なんか一足先に大人になったというか、わかるんだけどつまんないキャラに拍車がかかってきてない?それが牧師になるってこと?」
「うむ。牧師の責任感といえば聞こえはいいかもしれんが、なにか今一つ、つまらんのう・・・」
「つ、つ、つまらんキャラとか言うなよっ!」
むしろ、俺は常識があって良識的キャラだから!(多分)
「よしゅあちゃーん!!教会のドアがひらきっぱなしになってたから遊びにきたよー!!」
「不用心というか、開放的というか・・・。まぁうちの教会に盗まれて困るものなど皆無ですし、むしろこのボロさ具合に同情して何か恵んでくれるかもしれませんが・・・」
なんと、ぼたんちゃんとひまわりちゃんまで、入口の方から顔をのぞかせてきた!
「いや!だから、こんなに集まったら危険だって!そういう話!!」
「だいじょうぶだって、ホラ、信仰があればさ!」
「そういう考えのせいでどれほどウィルスが蔓延したか、医療従事者の皆様にあやまれー!」
ってか葉一、お前ノンクリだろ。
むしろこの空間で、お前だけがなんにも信じてないんだけど?!
・・・ちなみに、ここまでの登場人物は全員、マスクを着用しています。
そして、ちゃんと床の赤いテープに従って距離を保っていたり。
うん・・・みんな、実はちゃんと警戒してるだろ・・・。

2.

「では、『せめてコロナ禍でも集まりたいというか盛り上がる会したい』会議を始めます」
と、何故か葉一が仕切って、不可思議な会合がはじまった。
教会の礼拝堂。
教会の四隅に離れて座るマスク姿の面々。
なんだろうな、今、こんな不思議な光景がどこでも展開されているのだろうか・・・。
「はいはーい、ぼたんは去年みたいなライブがやりたいでーす!」
「ずーむとかゆーちゅーぶで配信なら、可能ですかねぇ・・・」
「それもいいが、やはりワシはみんなで集まれる行事がいいのう」
「今は会堂などに集まるのは危険なので、外ならまだマシなのでは?」
葉一は中央でうんうんと腕組みしながら聞いている。
お前は一体どういう立場なんだよ・・・。
「外なら、みんなでバーベキューとかやりたーい!!」
「会食は危険だそうですけど、全員この、ふぇいすしーるどを着けてならいいかもしれませんねぇ・・・」
「それなら、食事と、花火はどうじゃ?花火なら、一定の距離が保てるし」
「個人的にはせっかくやるなら盛り上がれる要素がほしいところですね。こう、夏ならではのアイテムというか・・・」
そのとき、俺は葉一の目がキラっとしたのを俺は確かに見た。
読める・・・読めたぞ、葉一・・・おまえの魂胆が!
「じゃあ、夕涼み会なんてどうっすか?参加者は全員浴衣とか!!
(もちろん、さくらさんとゆりさんも誘ってさー!)」
全員がおおっ、というような表情で葉一を見る。
というか、葉一、お前本当にすげぇな・・・!
女子と遊ぶ機会を、こんな何もないところから造り出すんだもんな。
うちの教会の庭でイベントやるなら、お隣さんのさくらならおそらく顔を出すだろうし、親友のゆりさんも誘ってくるかもしれないし。
全国で夏祭りが見送られて、浴衣女子を目にする機会が失われた今年の夏。
俺んちの教会の庭でそれを実現しようとか、葉一、お前、ほんとにすげぇよ・・・!


3.

「というワケでさー!さくらさんも、ゆりさん誘って、ぜひ来てよ!」

あの会議から一時間後。
葉一はお隣さんの さくらを庭に呼び出し、教会の柵越しに話しかけていた。
尚、その『夕涼み会』はトントン拍子に話が進んで、来週日曜の夕方に教会の庭で行われることになった。
十人くらいの集まりだけど、教会の庭にイスを出して、距離をかなり取りつつの会食。
樹太郎くんが、『衛生に気をつけて、参加者全員分の豪華な弁当をつくります!』と張り切ってくれているらしい。既にプラ製の重箱ケース?を発注済みとか・・・。
・・・樹太郎くん、君、業者かな?
まぁ多分、やる気があるのは全員浴衣ってことで、ひまわりちゃんも浴衣で来ると聞いたからの気がするけど。
でもな、樹太郎、相手はあのひまわりちゃんだぞ?
さっき、葉一に、「浴衣というか、着物でもいいですか?」と訊いてたし、
帰り際、「・・・ねずこ・・・たけ・・・いちまつ・・・」とかぶつぶつ呟いていたし、ひまわりちゃんのことだから、きっと浴衣姿というよりは奇抜なコスプレ姿で現れる気がするけどな・・・

「あ、ゆりから返事来た!考えてみる、って」
「えー、やっぱ不安かな?」
「ううん、私に浴衣何色にするの?って訊いてきてるし、着付けの動画を探すって書いてあるから、結構ノリノリだと思うなー」
そうか。
ゆりさんとはずっと話す機会がなかったし、また教会に来てくれたら嬉しいかもしれない。
「よしゅあは?ちゃんと浴衣着るんでしょ?」
「俺?・・・浴衣なんて持ってないからな・・・。どうせイス運んだりの準備で忙しいだろうから着なくても・・・」
「そんなつまんないこと言わないで着なさいよ!ホラ、ずっと前によしゅあのお父さんが着てた、黒い浴衣!あれなら、まだあるんじゃないの?」
「あー・・・、あったような・・・というか、お前良くそんなの覚えてたな」
「だって、その時のみんなで撮った写真、飾ってあるから・・・」
「ええ、つまり、さくらさんとよしゅあ家族の写真飾ってるの?さくらさんの部屋に?よしゅあの写真が?それって、つまり・・・」
「ちちち、違うわよ!
もう、葉一くん、変なこと言わないで!
特になにも意味はなくて、私の部屋でなくて、ママが、よしゅあのお父さんお母さんを忘れたくないから、って一枚リビングにおいてあるだけよ!ほんと、違うから!あれは、まだ中学三年生でよしゅあなんか、まだまだ小さいしー」
「・・・ふーん」
葉一はそう言って、こちらをニヤニヤしながら見て来るけど、それはホントにさくらに他意はないんだと思うぞ・・・。
おやじとおふくろは、さくらの親とずいぶん仲よかったからな、うん。

「・・・まぁさ、実際来週できるかは、まだわからないんだけどさー」
そうだな。
明日がどうなるかも、実際は分からないしな。
「みんなで集まるのも賛否あるかもと思うんだけどさー、久しぶりに集まるのも、さみしさが紛れていいかと思ってさー・・・」
へぇ。
葉一のさみしさ?教会のみんなのさみしさ?
「・・・よしゅあの」
「へ?」
葉一は、照れくさそうに俺から顔を背け、空を仰いだ。
「・・・俺さ、スティホーム中、何度も兄貴と喧嘩したりしてさー、イライラもしたけど、でも結局いろいろ話せたのも兄貴とか親でさー。そしたらさ、ああ、そういや、よしゅあはずっと一人だったんだよなー、今なんか、誰とも会えないんだよなー、とか考えちゃってさ。だからさ、」
「葉一くん・・・」
「葉一、お前・・・」
いやホントは浴衣女子目当てだろ、とか、ちらっと思ったけど、でもその友情にほんの少し、目頭が潤んだ。
「ヨウイチー!!あなたハ、まるで、ヨナタンのようなー素晴らしい人デス!!」
「「え、この声・・・ダリアさん?!」」
「よしゅあ!!ホントに幸せネー!!」
そういって、俺に抱きつこうとしたのは、そう、ダリアです・・・。
「なな、なんで、ダリアさん、カナダに住んでいるんじゃ・・・」
「いつ、来れたの?渡航制限でてるハズじゃないの?!」
ビビる二人に、大変申し訳なく。
「・・・実はさ、ダリア、緊急事態宣言で学校が休校になる直前に、いきなり来たんだよ・・・。
神様に日本へ行けって示されたとかなんとか言ってさぁ・・・。けど、こんな時期に外国から来た人がいるって噂が広まったらヤバいから内緒にしててさ・・・」
「いやまてまてまてよしゅあ!ヤバいのはそこじゃないだろ!!」
「そうよ!つまりダリアさんは緊急事態宣言出た頃から今まで、ずっと教会に住んでたってことなの?!」
「あ、でも、ダリアの学校はリモートになってるから大丈夫だったけど」
「いや、だから!そうじゃなくてな、よしゅあ!誰とも会わず、ダリアさんと二人だったってことか?!」
「そうなんだよ!お前には言おうかと思ったんだけど、会いに来たいと言われても無理だったしさ・・・」
「ちょっと!!よしゅあ、自粛期間中、ほとんど外に出なかったけど、それって・・・」
「そう、外に出られなかったけど、まぁダリアがいたから話相手がいたのはよかったかなって。料理を二人分毎食つくるのはめんどかったけどな」
「それハー、よしゅあガ、食材を無駄にするなっテ、ゼンゼン料理させてくれなかったカラー!」
「「よしゅあもダリアも!!全然説明になってないー!!」」
さくらと葉一の叫び声が、爽やかな夏空に響いたのだった。



2020年、世界は様変わりし、行動制限や感染の不安が常につきまとう忍耐の日々が始まった。
来週の夕涼み会が本当にできるのかも、俺たちの受験がどうなるのかも分からない。
明日も自分が無事でいられるか、家族や友達、愛する人が無事であるかどうかも。
でも、昔からそうだった気もするし、今だけが特別なわけでもないのかもしれない。
いずれにしても、聖書に、こう書いてあるから。
俺は、信じて生きたいと思う。

―主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。  聖書 エレミヤ書29章11節
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