「ねばならない」

文字数 1,465文字

 突然死する人って、いるよね。
 年齢は若くて、病気や怪我もしておらず、特に不摂生を重ねていた訳でもない。なのに、死んでしまう人。もちろんそんなに多くはないけれども、でも一日に何人かはいるだろう。世界中を見渡せば、十や二十では利かないんじゃないかな。
 ああいう突然死を迎えるのって、どうしてだと思う?
 ああ、いや、隠れた疾患があったなんていうのは、なし。スポーツ心臓の持ち主とかも急に亡くなることが比較的多い方だそうだけれども、やはり疾患の一種として見なす。
 心労から来るストレス? それは突然死じゃなくって、前触れなしに自殺した人のケースじゃないか。
 もう他に仮説は出て来ない? 早いな。
 え? そういうおまえだって答を知っているはずがない、だって?
 うーん、まあそうかもしれない。でも当たっているかもしれないんだ。
 というのもね、ついこの間、僕は夜眠っているとき、ある音を聞いて、目が覚めたんだでも起きたら、いつもの自分の部屋で、周りには何の変化もない。夢を見ていたのかと思ったさ。けど、言い知れぬ不安を感じた僕は、その場から駆けだしたんだ。そう、寝床から一気にドアの方へ。あとで部屋に戻ったら、毛布代わりのタオルケットがトンネルみたいになっていた。
 それはさておき、このとき僕が聞いた音というのはね、砂を踏むような音だったんだ。それものんびり歩くようなテンポではなく、とても早いんだ。しゃっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっ――と全速力で走っているような。さらに言うなら、複数人の足音のように感じられたんだ。
 うん? 競争でもしてるみたいだな、か。その通りだと思う。問題の音を聞いてから数日後、僕はテレビを見ていて、あっとなった。寝床で聞いたしゃっしゃっしゃっという音とそっくりな音が、聞こえて来たから。画面には何が映っていたと思う?
 ――なんだ、当ててくれるなよ。ああ、いい勘しているよ、君は。
 気を取り直して……そうなんだ、ビーチフラッグの場面が放送されていた。その画像を見て、僕はぴんと来たね。
 あの晩、僕が聞いたのは、まさにビーチフラッグの音。それも神様か死神かは知らないが、命を司る者達によるビーチフラッグなんだよ、きっと。
 フラッグは言うまでもなく、人間の命だ。
 何人かの神様がこう、砂浜に腹ばいになってスタンバイし、用意ドンのかけ声とともに一斉に動き出す。そして命というフラッグ目掛けて、必死に手を伸ばす。一番に掴み取った神様が、その人間の命を奪う。
 これが突然死の仕組み。どう思う?
 僕があの晩助かったのは、嫌な予感を覚えてそれに従い、部屋を飛び出したからに外ならない。ただ、あのときもしも逆方向に走っていたら、どうなったのかは興味があるところだ。何せ、僕を目指して神様達が突進して来ていた訳だからね。不意に走り出した僕と正面衝突していたかもしれない、なんて想像するんだ。

    *    *    *

 この話をしてくれた上津(こうづ)が、突然死を迎えたのは、ちょうど二週間後のことだった。蒸し暑い時間帯を経て雨が激しく降り、水滴が地面や屋根なんかを叩く音がやかましい夜だった。
 あとで人づてに聞いたところによると、上津は(このときも)寝床を飛び出そうとしていたような格好で、亡くなっていたそうだ。暑さのせいか、パジャマのズボンを足首辺りまで下ろしていたという。
 もしもの話になるが……全部ズボンを脱ぐか、最初から短パンにしておけば、上津はズボンが絡まって足元を取られることなく、今度も逃げ果せていたのかもしれない。

 終わり
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