第1話

文字数 1,555文字



「タレントの○○さんが亡くなりました。自殺とみられています。」
 いつもの朝、いつものように家族の朝食を用意していたエリコはぎくりと動きを止めた。つけっぱなしのテレビから流れてきたニュース。
「・・・自殺。」
しばらく画面に見入る。原因についての憶測が出演者や関係者によって語られたあと、朝の情報番組は何事もなかったように天気予報に切り替わった。
 苦い記憶がよみがえる。
 わたしがもっと待てばよかったのだろうか。
 もっと食い下がって話を聞きだせばよかったのだろうか。
 だって、わからなかったんだもの。
 知るわけないじゃない。
 わたしのせいじゃない。
 でも。
 気づけばぼうっと突っ立って堂々めぐりに陥っていた。エリコは頭を振って、弁当のおかずを詰めはじめた。

 三十年前、十八才の夏。仙台の大学に進学して初めての夏休み。実家が恋しくなっていたエリコは喜び勇んで帰省した。下宿生活は食事付きで、食べるに事欠くことはなかったものの、母の味が恋しかった。
 掃除や洗濯も母に丸投げして、バイトをして小遣い稼ぎでもしよう。ひさしぶりに友だちに会うのも楽しみだ。
 そんなふうにウキウキと帰ったエリコは、母から告げられた事実に頭から冷水を浴びせられたように、一気に気持ちが冷え切ってしまった。
「ユキコちゃん、自殺したんだって。」
 しばらく動けなかった。
 ユキコは中学の同級生だ。部活が同じで、家の方向も同じだったから、部活終わりにいっしょに帰っていた。ユキコの家は学校とエリコの家とのちょうど中間にあって、彼女の母親と何度かあいさつをしたことがある。
 だからといって、とくに仲がいいわけでもなく、それ以外に遊びに行ったり出かけたりしたこともなかった。
「あんた、ユキコちゃんに会った?」
 責められているような気がした。
「うん、会ったけど。」
「なにか聞いてない?」
「なにも聞いてない。世間話しかしてないし。」
 嘘をついた。

 ユキコは七月の初めに、長距離バスに乗って沿岸の断崖絶壁で有名な観光地に降りたった。そこから行方が分からなくなっている。おそらく海に飛び込んだのだろう、というのが警察の見解だった。
 なぜだろう。
 命を絶つほどの、なにがあったのだろう。
 いってくれたらよかったのに。
 なぜいわなかったのだ。
 その一か月ほど前にエリコはユキコに会っていた。

 下宿先にユキコから電話がかかってきたのには、正直戸惑った。中学卒業後、別々の高校に進学してそれきり会ったことはなかった。もちろん高校卒業後の進路も知らなかった。エリコはユキコの存在すらすっかり忘れていたのだ。
 なぜここの電話番号を知っているのだろう。彼女は、エリコの実家に電話して聞いたのだという。そして、会って話がしたいといった。
 なんの話を?とは思ったが、もしかしたら同じ仙台にいるのだから仲よくしようということかもしれない。あるいはエリコも仙台にいると聞いて懐かしくなったのかもしれない。
 そもそも、なぜエリコが仙台にいると知っているのだ。誰に聞いたのだろう。いろいろと不審なことがある。
 大学生活と一人暮らしに、エリコは舞い上がっていた。親の監視下にあった高校生とはちがって、夜遅くなってもだれも文句はいわない。受験勉強の合間に見た雑誌のように、おしゃれをしてサークルに入り、飲み会に参加したり。慣れてきたらバイトもしよう。そして流行りの服を買うのだ。シャネルやサンローランのアイシャドウや口紅もほしい。そのうち彼氏もできたらいいな。
 大学で新しい友だちもたくさんできた。そんな浮かれまくっているときにふいに出てきた古い友だちに少し戸惑ったのだ。
 せっかくわざわざ電話もくれたのだし、一度会ってもいいか。誰に聞いたのか、そのときに聞けばいいし。そう思って会う約束をした。
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