第1話  眠れる布団 

文字数 1,984文字

気づくとまた夕方。窓の向こう聴こえる車の走行音や、虫の声や鳥のさえずりを聴きながら私はゆっくりと目を開け、身体を起こす。季節の移ろいは早く、TVの向こうで桜の花を見かけたと思えば梅雨の紫陽花がしっとりと雨に濡れ、向日葵が眩しそうに太陽を見つめ返す。雪の白さに目を細め、体を震わせながら「嗚呼、こたつ幸せー」とパートナーが言っていたのは、一体いつの事だったろうか。
 *

最初は沢山の仲間達が居たはずだった。

勇気を出して降り立った街。季節は確か秋だったが、秋を表すものは何もなかった。光が飛び交う世界に季節なんてものはなかった。不慣れに歩く人々を横目に私はこれから来る未来に想いを馳せたものだ。周りを見回して、"数人の背中"を1人ずつ確認する。
大体、今は確認出来る範囲で20人くらいだろうか…。名前も顔も分かる者、名前は以前と同じだが顔が一致しないもの、全く覚えの無い顔。
ここはバーチャルユニバースシティー。
とある区画とある通りの片隅にあるのが "ここ"である。
一見すると何も無い空間だ。そこに約20人と私が居る。もしくは"在る"という表現が正しいのかもしれない。正確には私達は誰1人として"ここ"には居ないのだ。
身体はある。意識もある。意思疎通もあれば、決まった行動パターンもある。性格や好きなものもなんとなく知っている。誕生日がくればお互い祝い、パートナーや、ファミリーシステムを選ぶものもいる。
年はとらない。永遠に。

バーチャルユニバースシティーには
ひとりとして "人"は居ない。では、コンピュータが作り出したプログラムかと言われればそれはそれで疑問が残る。
私達一人一人に顔があり、名前があり、記憶や記録があり
お互いの想い出に自分がいることを確信しているからだ。
感情に浸るなど、プログラムされただけの存在ならば
あり得ないことなのだ。あるいは…
私は考え事をよくする。何のために考えているのか自分ではよく分からない。思考のトンネルを潜る時、壁に刻まれた名前や日付や写真(そう表現するのは若干の語弊はあるかもしれない)を眺めている。音が聴こえ、声が飛び交い、時々匂いもする。

と、近くに来た"友人"が何か言ってるのに気づき、顔を上げた。
顔を上げたという表現が正しいのかはさておき…
なるほど、"本部からの通達"があったらしい。
新しい世界を切り開けというものだそうだ。
なんでも、プロジェクトNというらしく
"そこ"に在る概念だけを覗き見、我々の手で一から"開拓"するらしい。
特に縛りはなく、空や大地への干渉も 音域の世界に触れることも可能だ。
本部は通達は出すが、手本を示すような事はほとんど無い。
"我々"を自らの意思へと誘い動かしては、
外部エリアと均衡を保つことを第一としているようだ。
そのことへ疑問を持ったもの達は全てこのバーチャルユニバースシティーを後にしていった。

『お前は今回、ミッションに参加するのか?』
"友人"はそう聞きたかったようだ。

  "

"だ。

食事などというシステムはここには無いので
その表現にも疑問は残るだろう。

『もちろん。君は?』

私はそう返した。
 *

と、いう何ともくだらない想像を夕方2階の閉め切り、
熱い熱気の籠った寝室に敷いた布団でゴロゴロと考えながら
私は手元の端末に向かい"執筆"と言っていいのか全くわからない
グダグダ体勢で 新しく出会う"ワールド"がどのようなものであったら楽しいかと 半ばやっつけで考えながら手を指を動かし、
今に至るというわけ。

なんだか、考えていたら眠くなってしまったな。
これからもう一仕事 あるというのに…。

ここはお布団の国だ。こたつの季節はとうに過ぎた。
TVの向こうでしか知らない景色を横目に見ながら
幸せな寝心地を満喫している。あと5分…

『実はこのふとん、寝るだけじゃなくてね…』
そう教えてくれた かつての友人は今はどうしているのだろう。
『眠るだけで見たこともない素敵な場所へ連れて行ってくれる
 "ワールドゲート"になっているんだ。』
創造力が豊かな人だけが潜れる 本来なら

 "ありえないトンネル"

だめだ、やっぱり眠い 少しだけ寝させて…夢と現実と想像が静かに溶けて一つになる瞬間が恋しい。
 *

子供が 締め切った"寝室"にやってくる。どうやら母親に頼まれて食事の時間を知らせに来たようだ。
熱気の籠った部屋、TVのスイッチは
相変わらずついている。

 『オトン、寝てるーーーーー!』
階下の母親に叫んですぐ知らせる。

子供の母親はこう思ったに違いない

 『ありえない』と。
これから子供を風呂に入れてもらうのだ。
まったく!許せんと、母親はリビング端に寄せておいた
簡易の布団に入り"フルダイブ"する。子どもが起きているので長くは入れない。ご飯も冷めてしまわないうちに
夫を現実に引き戻さねば…。

 眠れる布団
 ~完~


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登場人物紹介

おとうさん

創造力豊かで小説などを趣味で書いている

おかあさん

パートナーがよく寝ているので起こしに行くこともしばしば

こども

とても真っ直ぐに育っている子

実は出生に秘密があるのかもしれない

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