残された後で

文字数 1,302文字

 それはとてもあっけなかったように思う。
 ずっとあの人はそのままでいると、愚かにも信じていた己の幼さを突きつけられたあの日……いつからか分からないずっと前から発症していたのだという病魔が、別れを覚悟する間もなくあっさりと彼の命を奪い去ってしまった。
 最後は、ひどく穏やかだった。
 ベッドから起き上がることも出来なくなった彼の元に、昼の食事を運んだ時、こちらの方を見てうっすらと笑って、そして永遠に動かなくなった。苦しむ事も無い、彼の生き様を考えればこれ以上ないほどの安寧な死に方をした。
 一人で、墓を用意して、葬儀屋に依頼して運んでもらい、彼の葬儀をした。
 他に参列者など、いようはずもない。
 最後は葬儀屋にも帰ってもらって晴れ渡った空の下、一人で彼の体を土の中に埋めた。
 泣かないで送ろうと思っていたのに、どうやっても止まらない涙を鬱陶しく思いながら、土をかけて固めた。
 墓が出来上がると、不思議と涙は止まってしまった。心の中にも何も無かったかのような静けさが広がって、なんて自分はアッサリした人間なのだろうと、笑いすら漏れてきそうな気分にまでなった。
「ねぇ……」
 もう、二度と逢う事は無い。
 永遠に一人になってなお、これといった動揺もない。それはまさにあの人の教育のお陰だと言うべきなのだろうなと、思った。今いる場所は、子どもが一人で生きていくのに楽だとは決して言えない街、言えない国、そして世界だ。他に身寄りの無い普通の子どもであれば、親が無くなればすぐに闇に身を落とすような場所。
 …………普通の、子どもなら。
 残念ながら、どう控えめに見ても自分はその範疇に入らない。
 闇に身を落とす事は無い……とっくに、闇は自分の側にあるのだから。
「貴方は、自分の死すら予定の内だったの?」
 土の上に膝をついて、真下にあるだろう物言わぬ身体に向かって、問いかける。もちろん、答えは無い。
 永遠に失われた答え。
 だけど、その回答はおそらく是、だ。
「それでもいい……私は、一人でも生きていける」
 残された遺産に不足はなく(むしろ多すぎるくらいで)。
 生きてゆく知識と能力に不足はなく(多少の偏りはあるが)。
 別に、保護されて生きてきたわけではない……すくなくとも最近は、保護される必要は既になくなった。それはあの人自身で認めたことだ。「お前はもう、生きてゆける」と、そう言ったのはあの人なのだから。
 誰もいなくても、生きていけるだけの力を与えてもらった。
 これから先、何処に行こうとも問題なく、暮らしを送れるだろう。
「でも、もう少し長生きしたって良かったのに……」
 これといった絆は、無かったと思う。
 だけど彼の事を嫌いなわけでもなかったから。
 恐らく、はっきりした呼び名は無くとも、彼のような存在を『家族』と呼ぶのだろうから。ただ、共に暮らしていただけだとしても。
「さよなら」
 もう二度と、会えない。
 そう考えた時、ただ寂しいと、思った。

 やわらかい風が、彼女の長い髪を揺らして空へと帰っていった。
 たった一人残された少女は、頬から涙の跡が消えるまで、ずっとその場所に立ち尽くしていた……去ることを惜しむように。
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