第1話 喇叭型の花は白い

文字数 1,037文字

仄暗い一室。場面は何か深刻な喜劇がいまにも始まりそうな気配だけを漂わせている。劇中の一幕に立たされてでもいるように大げさな身振りを交えながら陰鬱な面持ちを湛える四人の男たちがテーブルを囲み、闇の中で白々と閃く光に照らされて、最高潮さながらに彼らの鮮やかな衣装が浮かび上がってくる。奥の壁で動く影は、外を飛んでいる鳥たちの思うがままに変形し溶け合い、時折消える。給仕の女が出て行き、注意はいっとき女に向けられる。彼女の白いドレスが、窓から吹き込む風にひらひらと揺れている。テーブルの上には無造作に放り出されたパンが、向かって右側の髭面の男の目下には淡い色をした葡萄、林檎、石榴が手もつけられないままに黙って果物籠で佇んでいる。残りの三人の人物。左の窓際には椅子に身を乗り出して座っている初老の男。その隣の煤けたターバンを頭に巻いた直立不動の若者は、長髪の男に視線を向けたまま眉一つ動かさない。

薄汚れた木で縁取られた黄土色の窓に絡みつく蔓植物が鳥たちの集いの場を演出している。薄暗い室内にあってひときわ白く煌めくテーブルクロスに唆されでもしたように、舞台上の小道具に紅い血が通い始める。皿の上に無造作に乗せられた七面鳥が、生々しく放り出したサーモンピンク色の両脚を露骨に 一人の人物に向けているのが見える。ここからは何の音も聴こえない。まばゆい光の中で追いかけあう二羽の雀が、窓の外で翼を翻しながらテラスの手すりを行き来し、すっと室内の陰鬱な黒に溶け込んでいく。再び給仕の女が入室する。扉の正面から強烈に差し込む眩光に一瞬目を奪われたようだが、手際よくグラスの中の喇叭型の白い花を取り替え、新鮮な水を注ぎ込んでいく。花瓶から落ちた水滴が、微かな音を立ててテーブルクロスに黒い沁み跡を残す。ふと正面の男が肩にかかった長髪を振り払いながら、右手を機械的に肩の高さまで上げていった。

突如として 、雀たちがその休ませた翼で目一杯旋回しながら寒々しい蒼に向かって飛び立っていく。場面が急展開する。何者かが外で耳障りな喇叭を吹きだす。意味不明なメロディは場の混乱を掻き立てる。驚くほど似通った間抜けな動きで窓に駆け寄った三人の男達のその滑稽さは今に始まった偶然ではない。三人の呆然をよそに、気づくと長髪の男は部屋から消え失せ、仄暗さの中で奥の壁に映し出された鳥たちの影だけが男たちを弄ぶかのように呑気に揺らめいている。給仕の女がそっと微笑み、白い歯を剥き出しにしながら退室していく。
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