第2話 春休み

文字数 2,172文字

二 春休み
 大学生の春休み程、長い休息期間はないだろう。毎年そうは思っているのにも関わらず、ほとんどの日を無駄にするのも大学生活ならではなのだろう。三回目になるこの休みは、今年こそは何か大きなことをやろうという気にはなるのだが、毎年何もやらずに終わる。今年もそうなるのだろうと思っていたが、どうもそうはなりそうにない。なぜなら今は就活の時期。遊び呆けている暇があったら、新聞でも読めと誰かに言われそうだ。とりあえずネットで「就活 準備 春休み」と検索してみると、「SPI問題集」「論作文必勝」などなど。たくさんのやることがあるみたいだ。色々と調べているうちに、新発売のゲームの情報や新作ドラマのニュースなどを見てしまい、就活のことなど遥か彼方にいってしまった。ふと、以前買った本のことを思い出した。「自己分析」に「職種一覧」と勢いで買っただけの二冊の本がぼくの部屋のテーブルに乱暴に置かれている。こういった類の本は、いつも買って満足することがほとんどだ。きっと今回も読まずに忘れ去られるのだろう。不安がないわけではない。ただ、まだ大丈夫という気持ちが、どうしても勝ってしまう。きっとこの時間に、友人たちはインターンシップに行ったり、企業研究をしたりなど、たくさん就活に向けての準備をしているのだろう。まだ春休みは始まったばかりだ。休みの前半はゆっくりやりたいことをしよう。長い長い春休み。焦る必要はない、そうぼくは自分に言い聞かせた。
 ぼくはふと、地元の友人たちは就活に向けて何をやっているのだろうと疑問に思った。中学のバスケ部でいつもつるんでいた、5人の友人。まずは、一番の親友、小田翔也。通称、「しょうちゃん」。彼は彼は身長が188センチと、とても高身長でイケメンだ。それに性格も真面目で、何事にもコツコツ取り組むタイプだ。そんな彼なら就活の準備をしているに違いないと思い、ぼくは連絡をしてみることにした。
「よ!就活の準備とかなんかしてる?」
 しょうちゃんからの返事はすぐにきた。
「やってるよー。今度〇〇銀行のインターンシップ行くことになった。」
 ぼくは、そのメールを見るなり面食らってしまった。準備はしていると思っていたが、そこまで進めているとは予想外だったからだ。
「すごいね。そこまでもう準備してたんだ。てか、しょうちゃんは金融系に働きたいの?」
「今のところはそこしか考えてないかな。俺の学部も経済学部だしさ。講義でお金のことばっか聞いてるから、ちょっとは知識もあるし。まあ、まだわかんないけど雰囲気知るだけでもいいなって。」
 さすがだ。やっぱりしょうちゃんは偉いなと思うと同時に、これが普通なのではと急に不安になってしまった。
「お前は?やっぱり塾とか家庭教師とか、子供関係の仕事?」ぼくは、大学一年生の時からずっと塾と家庭教師のアルバイトをしている。理由は子供に教えるのは楽しいと思っていたからだ。会う度にいつもぼくは、バイトが楽しいと言っていた。だから、しょうちゃんもぼくが塾や家庭教師として働きたがっていると思ったのだろう。だが、ぼくはしょうちゃんに言われるまでそんなこと考えてもいなかった。
「そうだね。そっちも考えてはいるけど、他の仕事も調べてるところ。大学のキャリア支援?みたいなとこに行って、どうゆう仕事があるのか、とか見てる感じ。」
 本当はそんなことはしていない。ただ、何もしていないと言うことが、なぜか出来なかった。「そうなんだ。まあ、お前の性格だったら絶対営業とか向いてると思うけど。じゃあこれからバイトだから。また今度みんなで飲もうぜ。」
 しょうちゃんとのメールが終わると、なぜかぼくは虚無感に襲われていた。とても小さなプライドがぼくを苦しめる。自分の情けなさに怒りを覚えるが、この怒りもすぐに治る。いつものことだ。窓から外を見ると、風が吹いていて、歩行者は厚手のコートを手で押さえながら、必死に歩いている。その姿を見ただけで、ぼくは外に出る気がなくなった。残りの四人の友達のうち三人は一年浪人をしたので、就活は来年の事だ。なので、もう一人同じ学年の、安山康太に聞いてみよう。通称、「ヤス」。中学時代から持ち前の大きな体型をネタにして、色々周りを笑わせていた。あいつはまだ準備なんかしていないと、確固たる自信がぼくにはあった。「よ!春休みに就活の準備とこなんかしてるの?」
 こちらもすぐに返事がきた。「全然だよ。まだやる気すらもないよ。春休みは新作ゲーム買ったから、それに俺は全てを費やす。」
 ヤスはぼくの期待を裏切ったことがない。自分と同類を見つけて、先ほどの不安が全て消え去ったぼくは、春休みはそんなに何もやらなくていいんじゃないかという結論になった。
「やっぱそうだよな。俺も全く同じ。まだやらなくてもいいよね。」
「まだ募集だって始まってないんだから、平気だよ。それより、このゲーム二人でオンラインで協力プレイできるから、お前も買いなよ。」
「まじか。ちょっと調べて、買うってなったらまた連絡するよ。」
「りょうかーい。」
 この時、ぼくの頭にはもう春休み=遊ぶという、考えになった。さあ、これから長い長い休み。この休みを与えてくれた神様に感謝してぼくは、昼寝をすることにした。
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