“希望の地”計画

文字数 1,693文字

「あらためて伝えるが、このことは極秘にしておくように」
 連邦政府内ではヒトが滅亡するタイムリミットは、もう差し迫ったものだという見解で一致していた。そして、可能であるならば、どうにかしてヒトという生物としての種を存続させたいという意見が多数を占めていた。
 これは百年単位の話として検討されていたが、もし仮に予想外の出来事が起これば、孫の世代が寿命を全うできるかどうか保証できないという報告もあった。
 ヒトという種を存続させる可能性を探る計画は、闇の中から現れた大蛇が動植物が生きていける地下の世界を創造したという寓話にちなんで、“第二のオロチ”計画と名付けられた。
 さまざまな分野の研究者や技術者が集められ、知りうる限りの科学的な情報を総動員して多様な方面から計画案が出された。それぞれについて検討と議論が重ねられたが、ひとつひとつは有意義にみえるものであったとしても、全体としてはことごとく現実的な案ではなく、次第に出されるアイデアも限られたものになっていった。
 そんなところへ、驚くべきひとつの研究成果が発表された。
 その研究成果とは、ヒトという生命体そのものに関する新たな発見であった。あまりにも衝撃的な内容であり、ヒトのありようを根底から覆すものであった。そのため、ひと握りの研究者および連邦政府内の機密情報を扱える立場にあるもの以外に対して、徹底した箝口令(かんこうれい)が敷かれた。
「この研究成果をもってわれわれの種の存続の可能性を探る。そうでないのならば、捏造されたデータを使用した悪質なものだとして研究成果は闇に葬り去られることになるだろう。世の中にこの内容を知らせるには、あまりにもリスクが高すぎる」
 そうしてさっそく研究者が集められ、その内容や目的は知らされず、扱う情報は一切口外しないという誓約をしたうえでデータの解析のみが行われた。データは膨大で新たな解析手法とプログラムを構築する必要があった。勘の鋭い一部の研究者はデータの解析結果が示す計画の目的に気付き、なかにはその内容を外部へ漏らそうとするものも出てきたが、誓約に反するものは、よくて携わっていた研究から外されるか職を追われることになり、悪くするとその存在が人知れず消されていくといううわさが流れていた。
 外部と遮断された施設において、集まったデータを元に検討が重ねられた。そして出された結論は『ヒトの種の存続に対して、この計画が寄与する可能性はある』というものだった。これを数字で表すと、可能性がないことを表す“0(ゼロ)”に限りなく近いものであったが、0(ゼロ)とイコールではなく、可能性があるかないかの二択で問われれば、『ある』ということになる。そしてこの成果は後に、“希望の地”計画へと繋がっていくのであった。

 ほんのわずかな可能性を寄せ集めて作り上げられた計画は、正式に“希望の地”計画と名付けられた。
 計画の全体を総括する責任者は連邦政府に所属するヨシアキが抜擢(ばってき)された。彼は若くして連邦政府内でのいくつかのプロジェクトを成功させ、その手腕が評価されたのだった。
「わかりました。ただ、いくつか条件があります。プロジェクトの中心には可能な限り若者を起用します。このような前代未聞のプロジェクトを成功させるには、しがらみに囚われない、新しく柔軟な発想が必要です。無駄な口出しは無用です。計画の進行に支障のない限り、各分野の責任者に権限を委譲し、不必要な報告や会議は求めません。それから、先日完成したばかりのスーパーコンピュータの優先的な利用を申請します」
 ヨシアキの要望は了承され、さっそく人選に取り掛かった。
 各分野に精通しているヒトの名簿と経歴や業績などを取り寄せ、その情報を元に誰が適任であるかをスーパーコンピュータに答えさせた。数人に絞り込まれたところで、最終的な判断はヨシアキは自分の勘に頼った。
 候補者を説得し、責任者が決まるとあとは早かった。
 ヨシアキがプロジェクトの枠組みを作り、それぞれの分野でやるべき詳細を詰めていった。
 そして具体的なスケジュールが決まったところで、関係者を集めた説明会を開催する日を迎えた。
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