第3話

文字数 810文字

アキ

手紙を書こうとして、初めて気づいた。
何度も読んだアキの名前を、どう書くかすら知らなかったって。

人を好きになるのは理屈じゃないって、俺は初めて納得した。
ひとめぼれじゃない。そういうのじゃない。
アキと目があったときに感じ取った印象は、確信に近かった。
何を知っても驚かなかった。
全部俺のものにしたいと思った。

意味のない、よくわからない予防線をいつも張って。怖いもの知らずでいられるのは、若いからだって笑い飛ばして。必死で距離を保とうとするアキが腹立たしくて、でもその必死さが変に嬉しくて、もっと好きになった。

俺といると辛いってアキは言った。
どんどん自分勝手で、醜い自分になる気がするからって。

そう言って泣くアキが俺は凄く嬉しかった。
もっと俺を思って
俺を愛して
壊れるくらいに
俺のせいでもっと醜くなればいいと思った。

何度出会っても、俺は同じ選択をすると思う。アキを自分のものにしようとすると思う。例えそれでアキが苦しんでも。

でも、あいつと話して
正しいのはあいつだと思った。

俺といても、アキは幸せにはなれない。

俺を愛すれば愛するほど
アキは自分を憎んで、不幸になる。

誰よりも純粋であることを願って
汚れていく自分の心を壊れそうなくらいに憎んだ女を

俺が幸せにできるはずがなかった。



人を好きになるのは
自分勝手になるってことだって
俺は今でもそう思ってる。

でも好きになった人を幸せにするには
好きだっていう気持ちだけじゃたぶん足りないってことに気づいた。



教えられた相手があいつだから、
その足りない何かに覚えたての名前を付けたりは絶対にしないけど(これは俺の最後のプライド)。


アキを幸せにするために、俺に何ができるかって考えたんだ。


P.S.最後まで名前は教えてやらない。俺とアキの関係は、たぶんそれくらいの方が似合ってると思うから。
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