第1話

文字数 1,727文字

祥吾へ

こんな手紙を遺すなんて、本当に私は自分勝手な女だって最後の最後まで反省しています。
何も残さずに逝くはずだったのに。
懺悔の気持ちなのか、祥吾にやっぱり嫌われたくなかったのか、祥吾を少しでも幸せにするためなのか・・・。
どの気持ちも本当で、だけどどの気持ちが一番の動機なのかは自分でもわかりません。

ただ、最後には祥吾の前で正直になりたかったからかもしれない。
ごめん、やっぱりこれじゃ自分が楽になるための自分勝手な手紙になっちゃうね。もし、読みたくないって思ったらこのまま破り捨ててください。



祥吾、まずはじめに
私が祥吾に伝えた言葉に、決して嘘はないよ。
小さい頃から、いつも私の傍にいてくれた。守ってくれた。信じてくれた。

口数が少なくて、弁解が苦手な私が周りに疑われたときも、「お前はそんな卑怯なことできるやつじゃない」そう言ってなんでもない顔で隣を歩いてくれた。


働き始めて、社会に溢れる嘘に嫌気がさして
器用になって、自分まで嘘に染まっていきそうになるのが耐えられなくて
壊れそうになった私に手を差し伸べてくれたのも祥吾だった。

あのとき
何もかもボロボロで、女としての魅力なんて何一つなかったはずの私を宝物に触れるみたいに優しく抱きしめてくれたとき。本当にほっとしたの。
祥吾の「結婚しよう」の一言が、「大丈夫」って言ってくれてるみたいに、心にじんわりと広がった。

本当に幸せだって、感じた。



いつも祥吾は言ってくれたよね。
家に帰って、嘘がない純粋な心の私と話をしたら外での疲れが溶けてく、って。
祥吾のその言葉が私には凄く嬉しくて。
だけどだんだん苦しくて仕方なくなった。
その言葉を裏切っている自分が
一番なりたくない人間になっていく自分が醜くて、許せなくて。
もう祥吾の傍にはいちゃいけないって、思った。

正直な人間だって思ってた。自分でも純粋だって、そうありたいって思ってた。
だけど違ってた。
本当は凄く自分勝手で、醜い心を持った人間なんだって、気付いてしまった。


彼に出会って、気付かされた。


祥吾が初めて私にくれた花を、買おうと思ったの。最初の結婚記念日。私から、渡そうって思った。お花屋さんに寄って、偶然、彼に出会った。
目が合って、瞬間的に「いけない」って思った。息を吸わないようにして、とにかく何も考えないように、感じないように。自分はロボットになったんだって言い聞かせながら。花を買うって目的を済ませてお店を出た。
初めて感じる気持ちを、上手く扱えなかった。何かの思い過ごしだって思うしかなかった。

だけど今はわかる。もう言い訳もしない。
花束を受け取って嬉しそうに笑う祥吾に、どうして後ろめたさを感じたのか。


花があるっていいな、って言った祥吾の言葉に甘えて。私はまたあのお花屋さんに行ってしまった。自分勝手で浅ましい、別の想いを心に秘めて。

彼はあなたとは全然違った。祥吾は私を優しく守ってくれるのに。心の底から信じて許してくれるのに。彼に会うたびに、彼を知るたびに、自分のそうじゃない部分が見えてきた。醜い心の自分をどんどん嫌いになった。
それが人を好きになることだって、彼は言った。

「気持ちを抑えることができなかった」なんて言い訳は絶対にしない。
「気づいたらそうしてた」なんて絶対に言わない。
私は自分の意志で、祥吾を裏切った。醜い自分という女を受け入れた。


祥吾、ごめんなさい。
私は彼を愛してしまった。彼を欲しいと思ってしまった。
純粋でいたいと願った私を、許して受け入れて守ってくれたあなたを裏切った。

あなたの傍にいる資格はないと思う。まして、あなたの傷を癒そうとする資格なんてあるはずがない。あなたを汚した私が、幸せを手に入れていいはずがない。

祥吾、本当にありがとう。
ずるい言葉かもしれないけれど、だけどやっぱり祥吾にはこの言葉を一番に伝えたい。

私をいつも守ってくれて
信じてくれて
幸せにしてくれて。

あなたを好きだという気持ちに、嘘はありません。
だから、この気持ちに嘘がないうちに

さよなら、祥吾。



亜紀

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