第11話 彩里さんの趣味
文字数 1,412文字
「お父さんも一緒にバンドで演奏することはあったんですか?」
「まさか。俺はあいつが家で練習している時に合わせるのを協力しただけ。ああいうのは一人で弾くよりも、生身の人間と合わせたほうがずっと楽しいからさ。おかげで俺の方も二十年ぶりにベースを弾くようになって、今でもたまに弾いたりする」
「今でも弾いているんですね」
「実は私もギターをやるんです」
「――そうなんだ」守は彩里さんの眼が力を帯びてきたように見え、ちょっとだけ驚いた。と同時に、無邪気な笑顔を引っ込めて彼女の様子を
「私、中学校で吹奏楽部だったもんで、その延長でギターを弾くようになりました。最初はアコースティックだったんですが、高校からはバンドをやることになってエレキギターに変えました」
「バンドをやっていたんだね」
守の中でちょっとだけの驚きだったものが見る見る大きくなった。ギターを弾く子は多いが、バンドをやっていた子はそれほど多くない。
高校時代はバンドも組んで学祭に出たこともあるんです、と彩里さんは言った。「そんなに上手ではありませんけど」
「どんな曲をやっていたの?」
「『アクセサリー・パーツ』というバンドの曲です。テレビに出たりしていないから、お父さんも知らないと思います。高校生の中では凄く人気がありました」
彩里さんが答えたのは
「あのバンドはギターが歌っていたけれど、じゃあ彩里さんはヴォーカルもやったのかい?
「いえいえ、ヴォーカルは別にいました。私はギター専門で――。お父さんはあのバンドを知っているんですか?」
「俺、美聖の練習に付き合ったから、あのバンドの曲をいくつか弾けるよ」
「本当ですか。私の方は大学に入ってからはほとんど弾かなくなってしまったので、今はどうかなあ――」
彩里さんは両掌を広げて思案気だ。
「美聖のギターがどこかにあるはずだから、じゃあ、一緒に合わせてみるか」
守は腰を浮かせかけたものの、壁に掛けてある時計を見て思い直した。こんな時間から演奏を始めれば怒られるだろう。
見れば彩里さんも椅子から立ち上がっている。守は「さすがに夜中は無理だね」と呟くと、テーブルまで歩いて行って彩里さんの正面に座った。
「――明日というか、日付が変わってしまったから今日の夜だね。ちょっと合わせてみる? 『アクセサリー・パーツ』のスコアなら美聖が持っていたはず」
「いいですねえ」
彩里さんは二、三の曲名を挙げ、それなら弾けるかも知れない、とぼそぼそと喋っている。守に聞かせているのでなく独り言だ。守は彼女のそんな様子から、決して社交辞令で返事をしたものではないと確信した。
「そうなると、明日は出かけていられませんね」
「待て待て。
「でも、少し練習したいです」
「遊びだよ。そんなこと言えば、俺だって最近はあまり弾いていないんだから」
守が前のめりになる彩里さんを説得していると、電話を終えたらしい海翔が戻ってきた。守はこれ幸いと立ち上がる。
「父さんは引き上げるよ。彩里さん、あなたもそろそろ休みなさい」
「はい。じゃあ明日はお願いします」
「分かったよ」
守がリビングを出て扉を閉めようとしたとき、海翔の「お願いしますって何のこと?」と聞いているのが聞こえた。