サイタマスーパーバトル! 大宮VS浦和
文字数 8,413文字
☆ ☆ ☆
目的のバトルフィールドにやってきた。
広さは、野球場と同じぐらい。形状も、観客席の構造を含めて似ている。
観客席の上に照明とともに設置されている六台の大型仮想魔法具現化装置から放射されるサイタマ電波によって、サイタマバトラーはそれぞれ思い描く武装をまとい、魔法を使うことができる。
「よし、全員揃ってるな? それでは、まず私が手本を見せる」
刀香先生は懐からテレビのリモコンのようなものを取り出して、ボタンを押す。
すると、フィールドを囲むように聳え立っている仮想魔法具現化装置から淡い光が放射され始めた。
放射されるサイタマ光は眩しくはない。温かさも感じない。ちなみに、人体に悪影響はない(はずだ。少なくとも公式見解では)
「いくぞ、仮想武装っ!」
刀香先生が叫ぶとともに、全身が光に包まれる。
眩しい。思わず、目を瞑ってしまった。
そして、次に目を開いた時には剣道の防具をベースにしたような黒い鎧に身を包んだ刀香先生がいた。頭部には、さっきまではなかった白鉢巻がつけられている。
「これが、仮想武装だ。もちろん、」
刀香先生は腰に提げた鞘から日本刀を引き抜く。
「この通り、防具のほかに武器も具現化できる。さらには……ちょっと離れてくれ」
刀香先生に言われて、俺たちは距離をとった。
俺たちが充分に離れたところで、刀香先生は刀を鞘にしまってから、右手を勢いよく前方に突き出した。
「はぁぁあっ!」
――ピシャァァン!
気合いとともに、刀香先生の手から稲妻が放たれ、前方二十メートル付近に炸裂する。
稲妻が着弾した地面にはクレーターのような大穴が空いていた。
煙も立ち昇っており、かなりリアルだ。
しかし、現実には、フィールドに穴は空いていない。この場にいる俺たちや、観客席からはそんなふうに見えるが、現実世界には干渉できない。あくまでも仮想(バーチャル)なのだ。
……とはいっても互いに闘って傷つけば、痛みを感じる。戦闘不能になった時点で、仮想武装は消失し、フィールド外に退場することになる。その時点で敗北だ。現実では切り傷ひとつ負わないわけだが。
例えるなら、夢の中で闘っているようなものである。夢の中でいくら怪我しても、起きたらなんともないように。
「よし、それでは、それぞれ仮想武装をまとってみてくれ」
刀香先生の許可を得て、俺たちはそれぞれイメージを描いていく。
「……具体的な想像が難しい者は私の仮想武装を参考にしてみるといい。見ながらなら、武装を描きやすいはずだ」
言われて、想像に苦戦していた俺は刀香先生の武装と同じものをイメージする。
胴と小手、刀、そして一応、鉢巻きも。よし、これなら――。
「仮想武装!」
唱えるとともに、体が光に包まれる。
そして、光が収まったときには胴の部分の防具と刀の仮想武装ができていた。小手と鉢巻きはイメージ不足だったのか、具現化できていない。胴も刀香先生のものが細かいところまでデザインされた凝ったものなのと比べて、シンプルなものだった。
周りを見てみると、だいたいの生徒は胴と小手と刀を具現化できていた。しかし、鉢巻きまで装備できたものはほとんどいない。
「ほう……大宮と浦和はオリジナルか」
刀香先生が感嘆したような声を漏らす。つられて、俺は背後にいた二人のほうを振り向いた。
大宮はセーラー服をベースにしたデザインの白銀と青の鎧を身に纏っていた。なかなか細かいところまでイメージできているようだ。手には巨大な両手剣を持っている。こちらも柄のところに金色の竜のような装飾がされている。
一方、浦和は巫女服をベースにしたような白銀と朱の鎧。手には薙刀を、そして、背中には弓矢まで装備していた。一度に二つの武器をイメージできるなんて、想像力がかなり強いようだ。ちなみに、足は草履みたいなものを履いている。
というか、ふたりの仮想レベル……すごすぎだろっ!
なんで入ったばかりで、こんなに精密なイメージができるんだ。これじゃあ、サイタマ県央サイタマスーパースクールどころか、サイタマ県内でいきなりトップかもしれない。
「ふふ……噂通りだな。試験でとんでもない仮想能力を発揮した女子生徒が三人いると聞いていたが、想像以上だ」
三人……? まだほかにもいるのか? 一学年四クラスなので、別のクラスにいるのだろうか? まぁ、それよりも、こんなすごいのが自分のクラスに二人もいるとは驚きだ。
特に、大宮なんて、最初に出会ったときはただの暴走地雷女だと思ってたので、そのギャップに吃驚している。
「へへっ、勉強は苦手だけど妄想は得意だもん!」
誇らしげに小さい胸を張る大宮。妄想が得意だからこそ、いきなり意味不明な勘違いをして俺が全裸で迫ってくるとか思ったのだろうか。
「……妄想ではなく、仮想です。一緒にしないでください」
浦和は大宮のほうを見ることなく、冷たく言う。
なんで、こんなにも大宮に対して非友好的なんだろうか。なにか理由があるのか、それとも、ただ単にそういう性格なのか……。
「もうっ! 別に妄想も仮想も空想も一緒でしょ!?」
「……違います。あなたの下品な妄想と、私の高度な精神集中によって創り出された仮想を一緒にしないでください」
「げ、下品!? な、なによっ、喧嘩売ってんの!?」
「……あなたに喧嘩を売るほど私も暇ではありません」
我慢しきれずに怒り出す大宮と、あくまでも冷静で毒舌な浦和。ふたりの相性は最悪だろう。なんで、よりによって前後の席になってしまったのか。
「ふふっ……なかなか癖のある生徒のようだな。だが、私は、そういう生徒のほうが好きだぞ? それでは、クラスで最も仮想武装能力の高いふたりに、戦ってもらうとするか。私の教育方針は『習うより慣れろ』と、『論より証拠』だからな。ふたりとも、距離を取ってくれ」
生徒同士が喧嘩しそうになっているというのに、そこでさらに戦わせようとは……。刀香先生もなかなか豪快な人だった。まぁ、桜木三姉妹の斬り込み隊長だったわけだしな。流香先生に負けず劣らず豪傑だ。
「……よし、十分に離れたな。それでは、バトルフィールドを設定しよう。そうだな……まずは、我々サイタマシティ民に馴染み深い『オオミヤ公園』を仮想フィールドに設定するとしよう」
刀香先生は再びリモコンを操作する。
「フィールドチェンジ!」
設定を終えてボタンを押しながら刀香先生が叫ぶ。
すると、バトルフィールドがぐにゃりと歪むように変化していく。目の前どころか、空や地面さえも――。
やがて、目の前には、緑豊かな木々に囲まれた池が現れた。
周りを見回すと、木製のベンチや、神社の鳥居、売店や公衆トイレまでもが具現化されている(通行人などは再現されないので、無人だ)。足下はさっきまでは土だったのに、石畳に変化していた。
今いる場所からは見えないが、実際の『オオミヤ公園』を完全に具現化しているのなら、公園に併設されている競輪場や野球場、サッカー場、日本庭園、小遊園地や小動物公園もあるはずだ。
これも、仮想魔法の一種。
この場に居ながらにして、サイタマ各地の公園や名所旧跡、城址などが戦闘フィールドとして選択することができる。こうして、サイタマ各地を仮想のフィールドにして戦うことで、観光振興にも役に立つ。
サイタマスーパーバトルはバトルと観光が一体となった、まさにサイタマ特有のシステムなのだ。
「へへっ、オオミヤ公園なら、私の庭みたいなものなんだけどね! 地の利はこちらにあり! ボッコボコにしてやるんだからっ!」
「……ハンデぐらいやらないと面白くありませんからね。せいぜい、今のうちに減らず口でも叩いていてください
大宮と浦和が舌戦をしながら、対峙する。
「今回はオオミヤ公園の第一公園を舞台にする。競輪場と野球場、サッカー場、小動物公園では戦わないないように。あくまで、池を中心とした両岸で戦うこと」
ちなみに、オオミヤ公園は第三公園まであるはずだ。いずれも広大な敷地を持っていて、第一公園の桜は『日本の都市公園百選』に選ばれていて、『桜の名所百選』にも選ばれている。第一公園の隣には武蔵一の宮『氷川神社』がある。旧国名の武蔵の中で、もっとも社格が高い。パワースポットとしても有名だ。
「それでは、サイタマスーパーバトル、開始だ!」
刀香先生の声を受けて、池の岸で向かい合う形になった大宮と浦和が動き出す。大宮は池の南岸、浦和は北岸。どちらも背後には木々が生い茂り、傾斜がある。ちなみに、俺たちは二人を俯瞰して眺められるような高さの特設観客席にいた。
「よぉしっ! 一気に決めるよっ! くらぇええええええええええっ!」
大宮は剣を下段に構えると、池の水面を滑るようにして、対岸の浦和に迫る。
仮想武装を纏った者は、空を飛ぶことすら可能だ。思い描くことさえできれば、すべてのことができる、それがサイタマスーパーバトルだ。
「……真正面から来るとは、バカですか」
浦和は手に持っていた薙刀と背中の弓矢を一瞬で武装変換する。そして、目にも留まらぬ速さで矢を放ち始めた。
「そんなの想定内っ!」
大宮は、飛来する矢を左右に身体を揺するようにして、かわしていく。まるで、スケート選手のような身のこなしだ。
「こちらこそ想定内です。……はっ!」
大宮がよける動きを読んでいたように、大宮の身体の真正面に矢が飛んでくる。
「くっ……!」
大宮は両手剣を目の前にかざし、剣の腹でその矢を受け止めた。
自分から突っ込んでいきながら、向かってくる矢を正確に止めるとは神業だ。ちょっとでもズレたら、首か顔に刺さっているところなのだから。
「……まだまだですよ?」
動きが止まった大宮に対して、浦和は次々と矢を射る。その動きは、まるで機械のように正確で無慈悲だった。
「あんっ、もうっ……! キリがないじゃない! いいわよっ! こうなったら、矢がなくなるまで全部凌いでやるんだから!」
「仮想武装の矢がなくなるわけがないじゃないですか」
浦和は冷たく告げながら、さらに矢を放つスピードを上げていく。
「このぉ……! そんなら、とっておきを出してあげるわよっ! この日のために思い描いていた妄想を、見せてやるんだからっ!」
大宮は飛来する矢を弾きながら、徐々に後ろに下がっていく。
そして、元の対岸に戻ったところで――。
「お願い、出てきてっ! 龍神(リヴァイアサン)……!)」
大宮が叫ぶとともに、
――ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
突然、池から巨大な龍が現れた!
「――っ!?」
あれだけ冷静だった浦和の表情が驚愕の色に染まる。
もちろん、俺やクラスメイトたちもだ。なんで、いきなりあんなものすごい龍を召喚できるんだっ!?
「ほう、召喚龍を呼ぶか」
ただひとり刀香先生だけが面白そうな表情をしていた。
「サイタマには龍神伝説があるんだからねっ……! その伝説を知ってからずっと妄想し続けてきたあたしの龍神は本物なんだからっ!」
確かに……聞いたことがある。サイタマのとあるエリアに伝わる話だ。
かつて江戸時代に湿地だった場所に用水路と新田を作ろうとした井沢弥惣兵衛が娘に化けた龍神から開拓を中止するように懇願された話や、龍神の祟りで村人が死んだ話など、いろいろなパターンの民話が伝わっている。龍神の鱗が納められているという伝承のある神社もある。
……まぁ、実際の龍神は、こんなバリバリのRPGみたいな西洋風の龍じゃないとは思うが。そこは、大宮の妄想によるものか。
「龍神様! お願い!」
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
大宮の言葉に呼応するように、目の前の巨大な龍神が咆哮する。それによって、洪水のような濁流が起こり、対岸の浦和へと襲いかかった。
「っ……!」
浦和はまともにやりあうことを放棄して、斜面を駆け上がる。背後には『サイタマ百年の森』と呼ばれるエリアだ。ここは、それなりに高い。
――ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
龍神の放った洪水は対岸の木々をまとめて薙ぎ倒していく。浦和もまとめて木端微塵にされてしまったかと思われたが――。
その中、斜めに飛び出していく一つの影。
「……ふっ!」
洪水を避けるように飛び出した浦和は、斜めに傾いた姿勢のまま矢を放つ。
「……へっ?」
その矢は、巨体を誇る神龍の横を高速ですり抜け――大技を繰り出して慢心していた大宮の胸に向かって、吸い込まれるように突き刺さった。
「……きゃ、ぁっ……!?」
大宮はそのままもんどりうって倒れこんだ。それとともに、龍神は消滅し、大宮の仮想武装も消滅する。
浦和が流木の上に着地したときには、青空に『浦和文乃WIN!』というデジタル文字が表示された。
「ふむ、勝者は浦和だ。大技を繰り出された直後だというのに、実に冷静な判断だったな。なにも強敵である召喚龍を相手にすることはない。使い手を仕留めればいい。しかも、回避しながら正確に一撃で決めるとは、たいした腕だ」
勝敗が決して、バトルフィールドは元のグラウンドに戻っていく。
そこには、ジャージ姿で呆然と立ち尽くす大宮と、涼しい顔をした制服姿の浦和がいるばかりだった。
当然、どちらも傷一つ負っていない。仮想とはいえ、胸を矢で貫かれた大宮に精神的なダメージはあるだろうが。
「……う、うぅ…………あ、あたしが……負けるなんて…………」
大宮は悔しげに呻く。
「……なにもショックを受ける必要はない。わたしがサイタマで一番、仮想武装を使いこなせるのだから」
そう言って、浦和は踵を返して大宮から遠ざかっていった。
……『サイタマで一番』か。たいした自信だな。なぜそこまで言いきれるのかわからないが。しかし、尋常じゃない動きだから、説得力はある。
とはいっても、大宮の召喚獣は本当にすごかった。これまでサイタマスーパーバトルを見てきた中で召喚獣を呼び出したサイタマバトラーを見たことはあるが、あれだけの召喚龍を呼び出した者は見たことがない。
「うぅ……もっと……もっと妄想しなくちゃ……! もっと妄想力を高めて、サイタマバトラーとして活躍して、サイタマの魅力を広めないと!」
そして、大宮は単純にバトルバカというわけでもなさそうだった。サイタマの観光振興にも熱意があるみたいだ。
「それでは、残りの時間は各自、仮想武装と仮想魔法を使った自由稽古とする。バトルフィールドはさっきと同じ『オオミヤ公園』にする。各自、周りに気をつけて練習してくれ。ひとりで練習するもよし、相手を決めて戦うもよし。怪我をすることはありえないが、精神的にダメージを負ったものは無理をしないように。一応、保健室にメンタルケアの専門家がいるから、ケアを受けたいものは申し出てくれ」
流香先生って、あれでもメンタルケアの専門家だったのか? 傷ついた俺の心にさらなるダメージを与えていたんだが。
「……とにかく、練習だ、練習」
フランクだのフランクフルトだのは忘れて、目の前に集中する。大宮と浦和のような圧倒的な力を見せつけられたあとだと、自分のショボさに泣けてくるけど。
「ええと、火炎っ!」
思い描きやすいように、具体的に名称を言いながら、火の魔法を使う。すると、ほんのりと手のひらが温かくなってきた。
「なによ、全然だめじゃない……。あんた、妄想力が足らなすぎなんじゃない?」
傍にいた大宮から呆れたような声で言われる。
「し、仕方ないだろっ……! お前のように妄想力豊かじゃないんだから……! ええいっ、火炎球!」
気合を入れて念じたおかげか、今度は手のひら全体に火炎球みたいなのができた。おお、これは上出来だ!
「見てろよっ! うぉおぉおおおお! ファイアーボール!」
格好良くぶっ放すそうとしたのだが、
――ボトッ……!
俺のファイヤーボールは、線香花火のように地面に落ちてしまった。
「ぷっ! ふふふっ! あはははははっ!」
思いっきり、大宮に笑われた。
「笑うなっ! 傷つくだろっ!?」
「だ、だって……『ボトッ……!』って……あはは、あははははっ!」
笑うのをやめられるどころか、さらに爆笑されてしまう。
しかし、こいつの笑顔って、かなりかわいいな……。笑われているのにドキッとしてしまった。一応言っておくが、俺は人から蔑まれて喜ぶドMではない。
しかし、周りを見てみるとみんなそれなりに仮想武装も仮想魔法も使えている。少なくとも、ちゃんと前方に魔法を飛ばすことぐらいはできている。
改めて、学年最下位――どころか学校最下位レベルであることを自覚させられて凹む。わかっていたが、やっぱり俺の仮想能力はぶっちぎりで低い。
「……なんか、コツみたいなのはないのか?」
変態扱いされていることは遺憾なのだが、やはり上達のためにはすでに卓越した仮想能力を持つ大宮に訊くのが近道だろう。
「コツ? そんなものないわよ! とにかく妄想すればいいの! あんなことやこんなこと、できたらいいなーってものを思い描けばいいだけなんだから!」
なんの参考にもならなかった。これが、天才という奴だろうか? こんな暴走地雷女がすごい才能の持ち主だとは思わなかったが……。
「とにかく鍛錬あるのみだな……。でぇえいっ! ファイヤーボール!」
妄想を具現化させて、火球を形作る。そして、正面に向かって放つ!
――ポロッ……コロコロコロ……
落ちた火球は頼りなさげに転がっていって、一メートルほど進んだところで消滅した。
「ぷっ! あはははははっ! 線香花火の次はボーリング?」
「ええい、笑うなっ! 前に進んだだけマシだろ!?」
さっきは落ちて消滅しただけだったからな! かなりの進歩だ!
「ほんと、あんた……仮想能力低いわね」
「仕方ないだろ!? 学年最後の合格者舐めんな!」
「最後って、あんた、試験で一番ビリだったの?」
「……まぁ、そんなところだ」
「あぁ、そっか……。ごめんね、つい面白がっちゃって」
「いや、わかってたことだからな。俺に才はないのは。でもまぁ、サイタマスーパースクールに入学することが目標だったから、それだけでも満足だ」
スタート地点がゴールってのも、どうかと思うが。でも、普通科に行っていたら、絶対に後悔していたと思う。これで、ある意味で諦めもつくというものだ。
初日にして、ほとんどサイタマバトラーとしての道は閉ざされたようなものだが、こうして目の前で大宮と浦和のすごいバトルを見ることもできたし、あとは通常授業もしっかり受けて学力を上げて、ちゃんと卒業すればいい。
正直、大宮と浦和の力は別次元すぎる。最初は希望とやる気に満ち溢れていたが、ここまで圧倒的な現実を見せつけられると、やる気がなくなった。
「ねぇ、大宮さん、いろいろと教えて~」
「私も、お願い……どうしても剣のデザインがうまくいかなくて……」
親しみやすい性格の大宮のもとには、他の生徒たちも集まってくる。
一方で。
クラスメイトに背を向けて人を寄せつけないオーラを漂わせている浦和のもとには、誰ひとり近づかない。
この状態のまま、ずっと浦和はサイタマスーパースクールでの生活を過ごしていくのだろうか? まぁ、浦和が孤高を貫こうとどうしようと、俺には関係のないことか。
しかし、気になる。『サイタマで一番』と言ったときの浦和の表情からは、揺るぎない意志が感じられた。まるで、自分が『一番』じゃなきゃいけないかのような――。
「……それでは、本日のサイタマスーパースクールの授業はここまでとする。次の通常授業にもしっかりと取り組むように」
サイタマスーパースクールといっても、サイタマスーパーバトルに関する授業は二日に一度程度だった。学生の本分は勉強に変わりはない。
こうして武器と魔法の世界に触れたあとだと、普通の授業が退屈に感じられるだろうが、才能のない俺は特にしっかり勉強しないとと思う。
目的のバトルフィールドにやってきた。
広さは、野球場と同じぐらい。形状も、観客席の構造を含めて似ている。
観客席の上に照明とともに設置されている六台の大型仮想魔法具現化装置から放射されるサイタマ電波によって、サイタマバトラーはそれぞれ思い描く武装をまとい、魔法を使うことができる。
「よし、全員揃ってるな? それでは、まず私が手本を見せる」
刀香先生は懐からテレビのリモコンのようなものを取り出して、ボタンを押す。
すると、フィールドを囲むように聳え立っている仮想魔法具現化装置から淡い光が放射され始めた。
放射されるサイタマ光は眩しくはない。温かさも感じない。ちなみに、人体に悪影響はない(はずだ。少なくとも公式見解では)
「いくぞ、仮想武装っ!」
刀香先生が叫ぶとともに、全身が光に包まれる。
眩しい。思わず、目を瞑ってしまった。
そして、次に目を開いた時には剣道の防具をベースにしたような黒い鎧に身を包んだ刀香先生がいた。頭部には、さっきまではなかった白鉢巻がつけられている。
「これが、仮想武装だ。もちろん、」
刀香先生は腰に提げた鞘から日本刀を引き抜く。
「この通り、防具のほかに武器も具現化できる。さらには……ちょっと離れてくれ」
刀香先生に言われて、俺たちは距離をとった。
俺たちが充分に離れたところで、刀香先生は刀を鞘にしまってから、右手を勢いよく前方に突き出した。
「はぁぁあっ!」
――ピシャァァン!
気合いとともに、刀香先生の手から稲妻が放たれ、前方二十メートル付近に炸裂する。
稲妻が着弾した地面にはクレーターのような大穴が空いていた。
煙も立ち昇っており、かなりリアルだ。
しかし、現実には、フィールドに穴は空いていない。この場にいる俺たちや、観客席からはそんなふうに見えるが、現実世界には干渉できない。あくまでも仮想(バーチャル)なのだ。
……とはいっても互いに闘って傷つけば、痛みを感じる。戦闘不能になった時点で、仮想武装は消失し、フィールド外に退場することになる。その時点で敗北だ。現実では切り傷ひとつ負わないわけだが。
例えるなら、夢の中で闘っているようなものである。夢の中でいくら怪我しても、起きたらなんともないように。
「よし、それでは、それぞれ仮想武装をまとってみてくれ」
刀香先生の許可を得て、俺たちはそれぞれイメージを描いていく。
「……具体的な想像が難しい者は私の仮想武装を参考にしてみるといい。見ながらなら、武装を描きやすいはずだ」
言われて、想像に苦戦していた俺は刀香先生の武装と同じものをイメージする。
胴と小手、刀、そして一応、鉢巻きも。よし、これなら――。
「仮想武装!」
唱えるとともに、体が光に包まれる。
そして、光が収まったときには胴の部分の防具と刀の仮想武装ができていた。小手と鉢巻きはイメージ不足だったのか、具現化できていない。胴も刀香先生のものが細かいところまでデザインされた凝ったものなのと比べて、シンプルなものだった。
周りを見てみると、だいたいの生徒は胴と小手と刀を具現化できていた。しかし、鉢巻きまで装備できたものはほとんどいない。
「ほう……大宮と浦和はオリジナルか」
刀香先生が感嘆したような声を漏らす。つられて、俺は背後にいた二人のほうを振り向いた。
大宮はセーラー服をベースにしたデザインの白銀と青の鎧を身に纏っていた。なかなか細かいところまでイメージできているようだ。手には巨大な両手剣を持っている。こちらも柄のところに金色の竜のような装飾がされている。
一方、浦和は巫女服をベースにしたような白銀と朱の鎧。手には薙刀を、そして、背中には弓矢まで装備していた。一度に二つの武器をイメージできるなんて、想像力がかなり強いようだ。ちなみに、足は草履みたいなものを履いている。
というか、ふたりの仮想レベル……すごすぎだろっ!
なんで入ったばかりで、こんなに精密なイメージができるんだ。これじゃあ、サイタマ県央サイタマスーパースクールどころか、サイタマ県内でいきなりトップかもしれない。
「ふふ……噂通りだな。試験でとんでもない仮想能力を発揮した女子生徒が三人いると聞いていたが、想像以上だ」
三人……? まだほかにもいるのか? 一学年四クラスなので、別のクラスにいるのだろうか? まぁ、それよりも、こんなすごいのが自分のクラスに二人もいるとは驚きだ。
特に、大宮なんて、最初に出会ったときはただの暴走地雷女だと思ってたので、そのギャップに吃驚している。
「へへっ、勉強は苦手だけど妄想は得意だもん!」
誇らしげに小さい胸を張る大宮。妄想が得意だからこそ、いきなり意味不明な勘違いをして俺が全裸で迫ってくるとか思ったのだろうか。
「……妄想ではなく、仮想です。一緒にしないでください」
浦和は大宮のほうを見ることなく、冷たく言う。
なんで、こんなにも大宮に対して非友好的なんだろうか。なにか理由があるのか、それとも、ただ単にそういう性格なのか……。
「もうっ! 別に妄想も仮想も空想も一緒でしょ!?」
「……違います。あなたの下品な妄想と、私の高度な精神集中によって創り出された仮想を一緒にしないでください」
「げ、下品!? な、なによっ、喧嘩売ってんの!?」
「……あなたに喧嘩を売るほど私も暇ではありません」
我慢しきれずに怒り出す大宮と、あくまでも冷静で毒舌な浦和。ふたりの相性は最悪だろう。なんで、よりによって前後の席になってしまったのか。
「ふふっ……なかなか癖のある生徒のようだな。だが、私は、そういう生徒のほうが好きだぞ? それでは、クラスで最も仮想武装能力の高いふたりに、戦ってもらうとするか。私の教育方針は『習うより慣れろ』と、『論より証拠』だからな。ふたりとも、距離を取ってくれ」
生徒同士が喧嘩しそうになっているというのに、そこでさらに戦わせようとは……。刀香先生もなかなか豪快な人だった。まぁ、桜木三姉妹の斬り込み隊長だったわけだしな。流香先生に負けず劣らず豪傑だ。
「……よし、十分に離れたな。それでは、バトルフィールドを設定しよう。そうだな……まずは、我々サイタマシティ民に馴染み深い『オオミヤ公園』を仮想フィールドに設定するとしよう」
刀香先生は再びリモコンを操作する。
「フィールドチェンジ!」
設定を終えてボタンを押しながら刀香先生が叫ぶ。
すると、バトルフィールドがぐにゃりと歪むように変化していく。目の前どころか、空や地面さえも――。
やがて、目の前には、緑豊かな木々に囲まれた池が現れた。
周りを見回すと、木製のベンチや、神社の鳥居、売店や公衆トイレまでもが具現化されている(通行人などは再現されないので、無人だ)。足下はさっきまでは土だったのに、石畳に変化していた。
今いる場所からは見えないが、実際の『オオミヤ公園』を完全に具現化しているのなら、公園に併設されている競輪場や野球場、サッカー場、日本庭園、小遊園地や小動物公園もあるはずだ。
これも、仮想魔法の一種。
この場に居ながらにして、サイタマ各地の公園や名所旧跡、城址などが戦闘フィールドとして選択することができる。こうして、サイタマ各地を仮想のフィールドにして戦うことで、観光振興にも役に立つ。
サイタマスーパーバトルはバトルと観光が一体となった、まさにサイタマ特有のシステムなのだ。
「へへっ、オオミヤ公園なら、私の庭みたいなものなんだけどね! 地の利はこちらにあり! ボッコボコにしてやるんだからっ!」
「……ハンデぐらいやらないと面白くありませんからね。せいぜい、今のうちに減らず口でも叩いていてください
大宮と浦和が舌戦をしながら、対峙する。
「今回はオオミヤ公園の第一公園を舞台にする。競輪場と野球場、サッカー場、小動物公園では戦わないないように。あくまで、池を中心とした両岸で戦うこと」
ちなみに、オオミヤ公園は第三公園まであるはずだ。いずれも広大な敷地を持っていて、第一公園の桜は『日本の都市公園百選』に選ばれていて、『桜の名所百選』にも選ばれている。第一公園の隣には武蔵一の宮『氷川神社』がある。旧国名の武蔵の中で、もっとも社格が高い。パワースポットとしても有名だ。
「それでは、サイタマスーパーバトル、開始だ!」
刀香先生の声を受けて、池の岸で向かい合う形になった大宮と浦和が動き出す。大宮は池の南岸、浦和は北岸。どちらも背後には木々が生い茂り、傾斜がある。ちなみに、俺たちは二人を俯瞰して眺められるような高さの特設観客席にいた。
「よぉしっ! 一気に決めるよっ! くらぇええええええええええっ!」
大宮は剣を下段に構えると、池の水面を滑るようにして、対岸の浦和に迫る。
仮想武装を纏った者は、空を飛ぶことすら可能だ。思い描くことさえできれば、すべてのことができる、それがサイタマスーパーバトルだ。
「……真正面から来るとは、バカですか」
浦和は手に持っていた薙刀と背中の弓矢を一瞬で武装変換する。そして、目にも留まらぬ速さで矢を放ち始めた。
「そんなの想定内っ!」
大宮は、飛来する矢を左右に身体を揺するようにして、かわしていく。まるで、スケート選手のような身のこなしだ。
「こちらこそ想定内です。……はっ!」
大宮がよける動きを読んでいたように、大宮の身体の真正面に矢が飛んでくる。
「くっ……!」
大宮は両手剣を目の前にかざし、剣の腹でその矢を受け止めた。
自分から突っ込んでいきながら、向かってくる矢を正確に止めるとは神業だ。ちょっとでもズレたら、首か顔に刺さっているところなのだから。
「……まだまだですよ?」
動きが止まった大宮に対して、浦和は次々と矢を射る。その動きは、まるで機械のように正確で無慈悲だった。
「あんっ、もうっ……! キリがないじゃない! いいわよっ! こうなったら、矢がなくなるまで全部凌いでやるんだから!」
「仮想武装の矢がなくなるわけがないじゃないですか」
浦和は冷たく告げながら、さらに矢を放つスピードを上げていく。
「このぉ……! そんなら、とっておきを出してあげるわよっ! この日のために思い描いていた妄想を、見せてやるんだからっ!」
大宮は飛来する矢を弾きながら、徐々に後ろに下がっていく。
そして、元の対岸に戻ったところで――。
「お願い、出てきてっ! 龍神(リヴァイアサン)……!)」
大宮が叫ぶとともに、
――ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
突然、池から巨大な龍が現れた!
「――っ!?」
あれだけ冷静だった浦和の表情が驚愕の色に染まる。
もちろん、俺やクラスメイトたちもだ。なんで、いきなりあんなものすごい龍を召喚できるんだっ!?
「ほう、召喚龍を呼ぶか」
ただひとり刀香先生だけが面白そうな表情をしていた。
「サイタマには龍神伝説があるんだからねっ……! その伝説を知ってからずっと妄想し続けてきたあたしの龍神は本物なんだからっ!」
確かに……聞いたことがある。サイタマのとあるエリアに伝わる話だ。
かつて江戸時代に湿地だった場所に用水路と新田を作ろうとした井沢弥惣兵衛が娘に化けた龍神から開拓を中止するように懇願された話や、龍神の祟りで村人が死んだ話など、いろいろなパターンの民話が伝わっている。龍神の鱗が納められているという伝承のある神社もある。
……まぁ、実際の龍神は、こんなバリバリのRPGみたいな西洋風の龍じゃないとは思うが。そこは、大宮の妄想によるものか。
「龍神様! お願い!」
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
大宮の言葉に呼応するように、目の前の巨大な龍神が咆哮する。それによって、洪水のような濁流が起こり、対岸の浦和へと襲いかかった。
「っ……!」
浦和はまともにやりあうことを放棄して、斜面を駆け上がる。背後には『サイタマ百年の森』と呼ばれるエリアだ。ここは、それなりに高い。
――ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
龍神の放った洪水は対岸の木々をまとめて薙ぎ倒していく。浦和もまとめて木端微塵にされてしまったかと思われたが――。
その中、斜めに飛び出していく一つの影。
「……ふっ!」
洪水を避けるように飛び出した浦和は、斜めに傾いた姿勢のまま矢を放つ。
「……へっ?」
その矢は、巨体を誇る神龍の横を高速ですり抜け――大技を繰り出して慢心していた大宮の胸に向かって、吸い込まれるように突き刺さった。
「……きゃ、ぁっ……!?」
大宮はそのままもんどりうって倒れこんだ。それとともに、龍神は消滅し、大宮の仮想武装も消滅する。
浦和が流木の上に着地したときには、青空に『浦和文乃WIN!』というデジタル文字が表示された。
「ふむ、勝者は浦和だ。大技を繰り出された直後だというのに、実に冷静な判断だったな。なにも強敵である召喚龍を相手にすることはない。使い手を仕留めればいい。しかも、回避しながら正確に一撃で決めるとは、たいした腕だ」
勝敗が決して、バトルフィールドは元のグラウンドに戻っていく。
そこには、ジャージ姿で呆然と立ち尽くす大宮と、涼しい顔をした制服姿の浦和がいるばかりだった。
当然、どちらも傷一つ負っていない。仮想とはいえ、胸を矢で貫かれた大宮に精神的なダメージはあるだろうが。
「……う、うぅ…………あ、あたしが……負けるなんて…………」
大宮は悔しげに呻く。
「……なにもショックを受ける必要はない。わたしがサイタマで一番、仮想武装を使いこなせるのだから」
そう言って、浦和は踵を返して大宮から遠ざかっていった。
……『サイタマで一番』か。たいした自信だな。なぜそこまで言いきれるのかわからないが。しかし、尋常じゃない動きだから、説得力はある。
とはいっても、大宮の召喚獣は本当にすごかった。これまでサイタマスーパーバトルを見てきた中で召喚獣を呼び出したサイタマバトラーを見たことはあるが、あれだけの召喚龍を呼び出した者は見たことがない。
「うぅ……もっと……もっと妄想しなくちゃ……! もっと妄想力を高めて、サイタマバトラーとして活躍して、サイタマの魅力を広めないと!」
そして、大宮は単純にバトルバカというわけでもなさそうだった。サイタマの観光振興にも熱意があるみたいだ。
「それでは、残りの時間は各自、仮想武装と仮想魔法を使った自由稽古とする。バトルフィールドはさっきと同じ『オオミヤ公園』にする。各自、周りに気をつけて練習してくれ。ひとりで練習するもよし、相手を決めて戦うもよし。怪我をすることはありえないが、精神的にダメージを負ったものは無理をしないように。一応、保健室にメンタルケアの専門家がいるから、ケアを受けたいものは申し出てくれ」
流香先生って、あれでもメンタルケアの専門家だったのか? 傷ついた俺の心にさらなるダメージを与えていたんだが。
「……とにかく、練習だ、練習」
フランクだのフランクフルトだのは忘れて、目の前に集中する。大宮と浦和のような圧倒的な力を見せつけられたあとだと、自分のショボさに泣けてくるけど。
「ええと、火炎っ!」
思い描きやすいように、具体的に名称を言いながら、火の魔法を使う。すると、ほんのりと手のひらが温かくなってきた。
「なによ、全然だめじゃない……。あんた、妄想力が足らなすぎなんじゃない?」
傍にいた大宮から呆れたような声で言われる。
「し、仕方ないだろっ……! お前のように妄想力豊かじゃないんだから……! ええいっ、火炎球!」
気合を入れて念じたおかげか、今度は手のひら全体に火炎球みたいなのができた。おお、これは上出来だ!
「見てろよっ! うぉおぉおおおお! ファイアーボール!」
格好良くぶっ放すそうとしたのだが、
――ボトッ……!
俺のファイヤーボールは、線香花火のように地面に落ちてしまった。
「ぷっ! ふふふっ! あはははははっ!」
思いっきり、大宮に笑われた。
「笑うなっ! 傷つくだろっ!?」
「だ、だって……『ボトッ……!』って……あはは、あははははっ!」
笑うのをやめられるどころか、さらに爆笑されてしまう。
しかし、こいつの笑顔って、かなりかわいいな……。笑われているのにドキッとしてしまった。一応言っておくが、俺は人から蔑まれて喜ぶドMではない。
しかし、周りを見てみるとみんなそれなりに仮想武装も仮想魔法も使えている。少なくとも、ちゃんと前方に魔法を飛ばすことぐらいはできている。
改めて、学年最下位――どころか学校最下位レベルであることを自覚させられて凹む。わかっていたが、やっぱり俺の仮想能力はぶっちぎりで低い。
「……なんか、コツみたいなのはないのか?」
変態扱いされていることは遺憾なのだが、やはり上達のためにはすでに卓越した仮想能力を持つ大宮に訊くのが近道だろう。
「コツ? そんなものないわよ! とにかく妄想すればいいの! あんなことやこんなこと、できたらいいなーってものを思い描けばいいだけなんだから!」
なんの参考にもならなかった。これが、天才という奴だろうか? こんな暴走地雷女がすごい才能の持ち主だとは思わなかったが……。
「とにかく鍛錬あるのみだな……。でぇえいっ! ファイヤーボール!」
妄想を具現化させて、火球を形作る。そして、正面に向かって放つ!
――ポロッ……コロコロコロ……
落ちた火球は頼りなさげに転がっていって、一メートルほど進んだところで消滅した。
「ぷっ! あはははははっ! 線香花火の次はボーリング?」
「ええい、笑うなっ! 前に進んだだけマシだろ!?」
さっきは落ちて消滅しただけだったからな! かなりの進歩だ!
「ほんと、あんた……仮想能力低いわね」
「仕方ないだろ!? 学年最後の合格者舐めんな!」
「最後って、あんた、試験で一番ビリだったの?」
「……まぁ、そんなところだ」
「あぁ、そっか……。ごめんね、つい面白がっちゃって」
「いや、わかってたことだからな。俺に才はないのは。でもまぁ、サイタマスーパースクールに入学することが目標だったから、それだけでも満足だ」
スタート地点がゴールってのも、どうかと思うが。でも、普通科に行っていたら、絶対に後悔していたと思う。これで、ある意味で諦めもつくというものだ。
初日にして、ほとんどサイタマバトラーとしての道は閉ざされたようなものだが、こうして目の前で大宮と浦和のすごいバトルを見ることもできたし、あとは通常授業もしっかり受けて学力を上げて、ちゃんと卒業すればいい。
正直、大宮と浦和の力は別次元すぎる。最初は希望とやる気に満ち溢れていたが、ここまで圧倒的な現実を見せつけられると、やる気がなくなった。
「ねぇ、大宮さん、いろいろと教えて~」
「私も、お願い……どうしても剣のデザインがうまくいかなくて……」
親しみやすい性格の大宮のもとには、他の生徒たちも集まってくる。
一方で。
クラスメイトに背を向けて人を寄せつけないオーラを漂わせている浦和のもとには、誰ひとり近づかない。
この状態のまま、ずっと浦和はサイタマスーパースクールでの生活を過ごしていくのだろうか? まぁ、浦和が孤高を貫こうとどうしようと、俺には関係のないことか。
しかし、気になる。『サイタマで一番』と言ったときの浦和の表情からは、揺るぎない意志が感じられた。まるで、自分が『一番』じゃなきゃいけないかのような――。
「……それでは、本日のサイタマスーパースクールの授業はここまでとする。次の通常授業にもしっかりと取り組むように」
サイタマスーパースクールといっても、サイタマスーパーバトルに関する授業は二日に一度程度だった。学生の本分は勉強に変わりはない。
こうして武器と魔法の世界に触れたあとだと、普通の授業が退屈に感じられるだろうが、才能のない俺は特にしっかり勉強しないとと思う。