雨上がりのあとに

文字数 1,004文字

□□□□□

「……彩! 美彩! 美彩! 美彩! 」

遠くで母の声がする。少しずつ近づく声。
意識が浮上していく。ピクリと指が感覚を訴える。

「美彩さん、聞こえますか? 今から外しますね」

私の頭は覚醒しておらず、黙っていた。
数秒ののち、頭に巻かれた異物が取り除かれていく。何だかすごく軽い。

「ゆっくり、ゆっくりですよ」

言われるがままに私は……瞳を薄ら開くと光の粒子が飛び込んでくる。

「10年は長いですから、無理しないように」

だが、私は勢いよく見開いた。

「……お母さん、鏡ないかしら」

真っ白い病室。面影の残る少し窶れた母、見覚えのない若い医師。

「ええ、ええ! はい」

半分泣きながら手鏡を渡してくれる。

「先生本当にありがとうございます。あの、ちょっと……」
「いえ、こちらも一安心です。あ、はい」

2人で病室をあとにする。

「美彩、ちょっと待っていてね」

私は頷いた。

『先生、どうして急に? 』
『私も驚いたんですよ、急に適正ドナーが現れるなんて。最近登録したばかりで、彼女のファンなのでしょう。寧ろドナーからの再三の申し出もあったようです。ですのでご遺族とお話して彼の意思を尊重させて頂きました』
『まあ! 確かにここ1年ほど美彩の顔が明るくなっていたわ。もしかして……』

声が遠くなった。私は手鏡を持ち上げる。

そこには鏡をしっかり見つめる私がいた。

「……お兄ちゃん、やっと一緒だね」

私は全てを思い出していた。出会った瞬間は分からなかった。話を聞いて、話し方に聞き覚えがあった。
小さい頃遊んでくれた大好きなお兄ちゃんだって。昔に戻ってた、大好きだった頃に。

「……名前を聞いても分からなかったくせに。あんなバカ女選ぶからよ」

私はあの日の数日前、久々に彼に再会した。最低になってた。でも、告白した。

『お前みたいなガキ何か知るかよ』

その一言で片付けられた。だからあの日、何処にいくか確認して、1番近い山道レストランに行きたいってねだった。
……うちのが金持ちなんだから。

あの日ね? はぐれたフリしてわざと飛び出してあげたの。
死ねなかったけど、一つになれたね。
この瞳、体の中にあるダメになった内蔵や骨も全部あなたになった。


『大好きだよ、お兄ちゃん……』


病室から見る空は晴れていた。


Fin
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