千と一人目のシェヘラザード
文字数 1,296文字
いいえ、私は何も要りません。
これ以上誰も犠牲にならなくて済むならば、それだけで充分でございます。
今宵はドゥンヤザードもおりませんが、御礼にもう一つお耳に入れましょう。
このお話は、千と一の物語より始めにございました。
とある街に二人の少女が暮らしておりました。
戦争にあっては手を取り合って逃げ落ち、飢饉にあっては食べものを分け合い、そうして貧しいながら二人で生きてきたのです。
しかし賢く美しく成長したシェヘラザードが、王の目に留まることも時間の問題でありました。
ドゥンヤザードは寂しく思いはしましたが、王の妃になるという栄誉に、友人を送り出すしかありませんでした。
しかしこの王は、国中から娘たちを集めては、毎夜のように切り捨てていたのです。
シェヘラザードを慕うドゥンヤザードは、息災であるか王宮に尋ねようとして、変わり果てた姿の友人に会い見まみえました。
ドゥンヤザードは嘆き悲しみました、あの時自分が代わりに行けばよかったのだ、シェヘラザードを引き留めるべきだったのだ、と絶望したのです。
名前が気になりますか、王よ。
これは物語なのです。
どんな名も持ち得るのですよ。
ドゥンヤザードは正気を失わんばかりに焦燥して、友人の骸を抱き、月の無い王宮の庭々を徘徊しました。
すると、彼女だけではなく、卑しい身分の者たちが、娘の姉妹の恋人の名を呻きながら、草むらを柱の間をのたうっている様子が見えました。
泥に沈んでいくように、怨嗟の声の中を進んでいるうちに、ドゥンヤザードはある企みを思いついたのです。
娘を失った精肉業者がシェヘラザードの頭の皮を剥いで、
恋人を奪われた皮革業者がその皮を仮面に仕立てて、
妹を差し出した大臣の息子からその身分を買って、
毎夜一人の人間がその仮面を被って王の元に出かけるのです。
まるで魔法か呪いのように不思議ではありましたが、誰が仮面を身に付けてもまるで、シェヘラザードが生き返ったように見えました。
娘を失った精肉業者が、恋人を奪われた皮革業者が、妹を差し出した大臣の息子が、数多の悲しみに見境を失った者たちがその皮を被って、王に夜毎、物語を話して聞かせました。
王が物語に夢中であるうちは、新しい娘が殺されることもありません。
そのために彼らは、悍おぞましい王に自ら近づき、物語という鎖をかけていったのです。
私は毎夜傍らで聞いておりました。
今宵はいよいよ私の番となりました。
王よ、この顔の下に何があるか、知りたいと申されますか。
千と一の物語は、千と一の人間が紡いだものです。
あなたは先の妃の裏切りによって、女を信じられなくなったと申されましたね。
だが“私“ならば側に置けると。
王よ、あなたという男は“私“が“私“でないことも分からなかった。
毎夜、違う人間が傍らに侍っていたことに気付かなかった。
王よ、人は誰でも物語を持つ者です。
あなたが闇に打ち捨てた女たちにも、その家族にも、その恋人たちにも、人は一人一人に秘められた物語があるのです。
あなたは物語を聞くのがお好きだけれど、今までにどれだけの物語を終わらせてしまったことか。
さあ、私の顔をよく見て下さい。
私は、千と一人目のシェヘラザード。
これ以上誰も犠牲にならなくて済むならば、それだけで充分でございます。
今宵はドゥンヤザードもおりませんが、御礼にもう一つお耳に入れましょう。
このお話は、千と一の物語より始めにございました。
とある街に二人の少女が暮らしておりました。
戦争にあっては手を取り合って逃げ落ち、飢饉にあっては食べものを分け合い、そうして貧しいながら二人で生きてきたのです。
しかし賢く美しく成長したシェヘラザードが、王の目に留まることも時間の問題でありました。
ドゥンヤザードは寂しく思いはしましたが、王の妃になるという栄誉に、友人を送り出すしかありませんでした。
しかしこの王は、国中から娘たちを集めては、毎夜のように切り捨てていたのです。
シェヘラザードを慕うドゥンヤザードは、息災であるか王宮に尋ねようとして、変わり果てた姿の友人に会い見まみえました。
ドゥンヤザードは嘆き悲しみました、あの時自分が代わりに行けばよかったのだ、シェヘラザードを引き留めるべきだったのだ、と絶望したのです。
名前が気になりますか、王よ。
これは物語なのです。
どんな名も持ち得るのですよ。
ドゥンヤザードは正気を失わんばかりに焦燥して、友人の骸を抱き、月の無い王宮の庭々を徘徊しました。
すると、彼女だけではなく、卑しい身分の者たちが、娘の姉妹の恋人の名を呻きながら、草むらを柱の間をのたうっている様子が見えました。
泥に沈んでいくように、怨嗟の声の中を進んでいるうちに、ドゥンヤザードはある企みを思いついたのです。
娘を失った精肉業者がシェヘラザードの頭の皮を剥いで、
恋人を奪われた皮革業者がその皮を仮面に仕立てて、
妹を差し出した大臣の息子からその身分を買って、
毎夜一人の人間がその仮面を被って王の元に出かけるのです。
まるで魔法か呪いのように不思議ではありましたが、誰が仮面を身に付けてもまるで、シェヘラザードが生き返ったように見えました。
娘を失った精肉業者が、恋人を奪われた皮革業者が、妹を差し出した大臣の息子が、数多の悲しみに見境を失った者たちがその皮を被って、王に夜毎、物語を話して聞かせました。
王が物語に夢中であるうちは、新しい娘が殺されることもありません。
そのために彼らは、悍おぞましい王に自ら近づき、物語という鎖をかけていったのです。
私は毎夜傍らで聞いておりました。
今宵はいよいよ私の番となりました。
王よ、この顔の下に何があるか、知りたいと申されますか。
千と一の物語は、千と一の人間が紡いだものです。
あなたは先の妃の裏切りによって、女を信じられなくなったと申されましたね。
だが“私“ならば側に置けると。
王よ、あなたという男は“私“が“私“でないことも分からなかった。
毎夜、違う人間が傍らに侍っていたことに気付かなかった。
王よ、人は誰でも物語を持つ者です。
あなたが闇に打ち捨てた女たちにも、その家族にも、その恋人たちにも、人は一人一人に秘められた物語があるのです。
あなたは物語を聞くのがお好きだけれど、今までにどれだけの物語を終わらせてしまったことか。
さあ、私の顔をよく見て下さい。
私は、千と一人目のシェヘラザード。